時実 秋穂(ときざね あきほ、1881年(明治14年)11月22日 - 1962年(昭和37年)1月21日)は、内務官僚、福岡市長、岡山市長、玉野市長。 岡山県邑久郡長浜村(現在の瀬戸内市)に時実惣次郎の長男として生まれた。1907年(明治40年)7月、東京帝国大学法科大学政治学科を卒業。同年に高等文官試験に合格し、翌年に岩手県事務官に任じられた。その後、徳島県事務官・警察部長、愛媛県警察部長、島根県警察部長、茨城県内務部長を歴任した。1919年(大正8年)、朝鮮総督府忠清南道知事に転じ、朝鮮総督府監察官を経て、1923年(大正12年)に京畿道知事に任じられた。 1926年(大正15年)に福岡市長に選出され、5年間在任した。
出典:ウィキペディア「時実秋穂」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
