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中川久知

なかがわ ひさとも
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中川 久知(なかがわ ひさとも、1859年4月23日(安政6年3月21日)- 1921年(大正10年)11月12日)は、明治から大正期の博物学者、政治家。衆議院議員、九州博物学会終身会長。青年期に一時、板倉久知を名乗る。熊本県近世博物学の開拓者。 岡藩主・中川久昭の二男として生まれる。藩校・由学館で漢籍を学んだ。1871年(明治4年)上京し、丹羽家塾、逢坂学舎、東京英語学校、開成学校で学んだ。1877年(明治10年)東京大学理学部に入学。同年10月13日、旧安中藩主板倉家当主・板倉種子(板倉勝殷四女)の入夫となり家督を相続したため東大を中退。しかし、1880年(明治13年)1月17日に隠居し、同月19日に離縁となり中川家に復籍した。

出典:ウィキペディア「中川久知」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋