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長

長松太郎

ながまつたろう
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長松 太郎(ながまつたろう、1912年(大正元年)8月7日 - 1978年(昭和53年)10月24日)は、広島市建設局長、広島市助役、広島ステーションビル社長を歴任した日本の都市計画家。造園家。日本公園緑地協会で沖縄国際海洋博海浜公園基本計画委員会委員長、広島市河岸緑地整備計画設計協議会委委員も委嘱。設計策定にあたった。豪放な性格で酒を好み周囲から慕われていたという。 父親は戦前日本の植物学者で学習院大学教授、東京海上火災保険社長、貴族院議員を務めた長松篤棐で、長男として生まれる。妻は古市六三の長女。母方祖父に古市公威。 学習院を経て1936年(昭和11年)東京帝国大学農学部を卒業し、内務省神社局に勤める。

出典:ウィキペディア「長松太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋