野口 正義(のぐち まさよし、1887年(明治20年)5月17日 - 1968年(昭和43年)4月8日)は、大日本帝国陸軍軍人。最終階級は陸軍中将。 茨城県出身。1908年(明治41年)5月27日に陸軍士官学校(20期)を卒業し、同年12月25日に工兵少尉に任ぜられ、工兵第七大隊付となる。1911年(明治44年)12月26日に工兵中尉に昇進し、1912年(明治44年)11月27日に陸軍砲工学校(18期)高等科を卒業。更に員外学生として在学し、1916年(大正5年)7月10日には東京帝国大学工科大学土木工学科を卒業した。 1918年(大正7年)7月29日に工兵大尉に昇進し陸軍技術審査部付となる。その後、長らく陸軍技術本部部員に在籍し、在任中の1924年(大正13年)3月15日工兵少佐に、1928年(昭和3年)3月24日工兵中佐に、1932年(昭和7年)8月8日に工兵大佐に昇進。
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