服部 直彰(はっとり なおあき、1899年(明治32年)9月 - 1949年(昭和24年)10月17日)は、日本の内務・警察官僚。官選高知県知事、陸軍司政長官、中国地方副総監。 熊本県鹿本郡大道村藤井(現山鹿市)出身。熊本県立鹿本中学校、第五高等学校を卒業。1922年11月、高等試験行政科試験に合格。1923年、東京帝国大学法学部を卒業。内務省に入省し千葉県属となる。 以後、大分県警察部勤務、山梨県警察部勤務、大阪府警察部勤務、京都府事務官、鹿児島県書記官・警察部長、警視庁保安部長、同刑事部長、福岡県総務部長、大阪府総務部長などを歴任。 1941年1月、高知県知事に就任。戦時体制の整備などに尽力。
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