福田 敏南(ふくだ としなみ、1920年 - 没年不詳)は、日本の学校経営者、学校法人福田学園(現・学校法人純真学園)理事長を長く務め、東和大学学長、純真女子短期大学学長なども歴任した。 父親は裁判官で、兄福田喜東と長姉福田昌子は後にそれぞれ衆議院議員となった。 1938年福岡県中学修猷館、1942年第一高等学校文科丙類を経て、東京帝国大学法学部在学中に満州へ出征して3年間のシベリア抑留を経験し、復員後は官僚となり、商工省(後の通商産業省)に入省した。1972年から1974年にかけて勤めた福岡通産局長を最後に通産省を退職し、1976年1月28日付で学校法人福田学園(現・学校法人純真学園)理事長および純真女子短期大学第二代学長となって、同年の第34回衆議院議員総選挙に福岡県第1区から出馬したが、落選した。
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