藤井 啓之助(ふじい けいのすけ、明治21年〈1888年〉3月 - 昭和34年〈1959年〉3月15日)は、日本の外交官。 群馬県群馬郡国府村(現・高崎市)に、藤井直次郎の次男として生まれる。在ホノルル日本総領事などをつとめた伯父・藤井三郎の跡を継ぐ。貴族院議員をつとめた都筑馨六は叔父にあたる。東京府立第一中学校、旧制第一高等学校を経て、東京帝国大学法科大学政治学科卒業。 1913年(大正2年)10月外交官試験に合格。翌1914年(大正3年)から領事官補として長春、ホノルル、サンフランシスコに勤務。1918年(大正7年)からのワシントン勤務を経て、1920年(大正9年)廈門領事に任命される。1924年(大正13年)に電信・文書・翻訳課長、1926年(大正15年)に人事課長も兼ね、1930年(昭和5年)に在英日本大使館へ勤務することになりイギリスへ移った。
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