坊城 俊賢(ぼうじょう としよし、1897年(明治30年)2月2日 - 1984年(昭和59年)6月5日)は、大正末から昭和期の農林技師、政治家、華族。貴族院男爵議員。 東京府で伯爵・坊城俊章の五男として生まれ、はとこの男爵・坊城俊延の養子となる。養父の死去に伴い1910年(明治43年)6月4日、男爵を襲爵。学習院高等科を経て、1922年(大正11年)東京帝国大学農学部を卒業。1924年(大正13年)以降、東京市技手、埼玉県技手、農林技手、富山県農林技師などを務めた。 1939年(昭和14年)7月10日、貴族院男爵議員に選出され、公正会に所属して1947年(昭和22年)5月2日の貴族院廃止まで在任した。
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