正木 直彦(まさき なおひこ、1862年12月17日〈文久2年10月26日〉 - 1940年〈昭和15年〉3月2日)は、明治から昭和初期の美術行政家。文部官僚出身で、東京美術学校(現東京藝術大学)の第五代校長を1901年から1932年までの長期にわたって務めた。号十三松堂。 1862年(文久2年)和泉国堺夕栄町(現・大阪府堺市)に、父林作の三男として生まれた。幼名政吉。 1892年(明治25年)に東京帝国大学法科大学法律科卒業後、奈良県の教育行政全般の指導を請われ、はじめ奈良県尋常中学校長を任ぜられる。1895年(明治28年9月)に奈良県師範学校校長に就く。在職期間は短かったが、長野宇平治の設計である師範学校校舎の新築に尽力した。
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