高野 佐三郎(たかの ささぶろう、文久2年6月13日〈1862年7月9日〉 - 昭和25年〈1950年〉12月30日)は、日本の剣道家。流派は中西派一刀流剣術。称号は大日本武徳会剣道範士。諱は豊正。号は靖斎。 警視庁撃剣世話掛、東京高等師範学校教授などを歴任した、昭和初期剣道界の第一人者。 武蔵国秩父郡(現埼玉県秩父市)に生まれる。幼少時から祖父で忍藩剣術指南役の高野佐吉郎に中西派一刀流剣術を学ぶ。5歳のとき忍藩主松平忠誠の御前で中西派一刀流の組太刀56本を演武し、褒賞を賜る。 その後、上京して山岡鉄舟に師事し、明治19年(1886年)警視庁巡査に任官。本所元町署撃剣世話掛を務め、「警視庁の三郎三傑」の一人に数えられる。
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