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村山智順

むらやま ちじゅん
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村山 智順(むらやま ちじゅん、1891年5月7日 - 1968年9月17日)は、日本統治時代の朝鮮で朝鮮総督府が作成した朝鮮の社会や民俗文化に関する数多くの報告書の執筆、編纂に関わった日本の宗教学、民俗学研究者。後に出家して日蓮宗の僧侶となり、新潟県刈羽郡北条町(後の柏崎市旧広田)の妙広寺で住職を務めたが、晩年は東京都に移り住んだ。 新潟県刈羽郡北条(後の柏崎市)に生まれるが、幼くして母を亡くし、地元の日蓮宗法布山妙広寺に預けられる。 住職であった村山智全(1867年 - 1943年)が寺の中に設けていた私塾である四恩報学舎に学び、その後、一時期、東京の中学校に在籍した後、帰郷して小千谷中学校を卒業し、第一高等学校を経て、1916年に東京帝国大学文学部哲学科社会学専修に入学し、1919年7月に卒業した。

出典:ウィキペディア「村山智順」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋