矢野 猪之八(やの いのはち、慶応元年11月9日(1865年12月26日) - 昭和3年(1928年)3月31日)は、日本の政治家。元徳島市長。弁護士。 阿波国名東郡富田浦町(現在の徳島県徳島市)出身。1887年(明治20年)、東京帝国大学別科法学部を卒業。1895年(明治28年)、検事となり、大垣区裁判所検事、岐阜地方裁判所検事、台湾総督府法院判官、台湾覆審法院判官、台南地方法院判官、台湾覆審法院部長を歴任した。1910年(明治43年)に退職した後は、台北市で弁護士を開業した。 1915年(大正4年)の第12回衆議院議員総選挙に出馬するが落選。 1926年(大正15年)に武市彰一に代わって徳島市長に就任、翌1927年(昭和2年)まで市長を務めた。
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