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山

山谷太郎

やまや たろう
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山谷 太郎(やまや たろう、1899年(明治32年)2月 - 1952年(昭和27年))は、日本の実業家、俳人。日新書院取締役。脚本家・演出家の倉本聰の父。俳号は春潮。 山谷徳治郎の長男として岡山県津山市に生まれる。第六高等学校及び東京帝国大学工学部応用化学科を卒業し、日清製粉に入社。その後、父が経営する日新医学社に入り、その経営に当たる傍ら月刊雑誌『科学ペン』を主宰した。のち日新医学社社長を経て、自ら日新書院を創業、同社社長ののち取締役。 終戦後、善福寺 (杉並区)にあった三百坪の自宅を進駐軍に接収され、事業も傾いた。晩年は借金に追われ、52歳の若さで没した。 趣味は俳句・鳥・気象・柔道、宗教はキリスト教。

出典:ウィキペディア「山谷太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋