吉田 澄夫(よしだ すみお、1902年〈明治35年〉6月17日 - 1987年〈昭和62年〉2月26日)は、日本の国語学者、文部官僚。文学博士(東洋大学・論文博士・1958年5月14日)。埼玉大学名誉教授、武蔵野女子大学名誉教授、国語学会名誉会員。筆名は伊夜彦。 新潟県新潟市医学町通1番町(現 新潟市中央区医学町通1番町)の吉田真澄の次男として出生。 新潟師範学校附属小学校を経て、1919年(大正8年)3月に新潟中学校を4年で修了(四修)、1922年(大正11年)3月に新潟高等学校を卒業、1926年(大正15年)3月に東京帝国大学文学部国文学科を卒業。 1926年(大正15年)4月に文部省図書局国語調査嘱託に就任、5月から文部省臨時国語調査会嘱託を兼任、1934年(昭和9年)12月から文部省国語審議会書記を兼任、1940年(昭和15年)12月に文部省図書局国語課国語調査官に就任、1944年(昭和19年)11月から文部省国語審議会幹事を兼任。
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