寺平 忠輔(てらだいら ただすけ、1901年(明治34年)- 1968年(昭和43年)3月10日)は、日本陸軍の軍人、最終階級は中佐。北平特務機関補佐官として盧溝橋事件発生深夜から事件不拡大に尽力した。大東亜戦争復員後は、盧溝橋事件解明に生涯を捧げた。没後の1970年7月、著書『盧溝橋事件 ー日本の悲劇ー』が発刊。事件渦中の人物が直接記した詳細な手記であると共に、戦後聴取した関係者の証言が加筆され、盧溝橋事件の日本側の第一級資料として、今日に至るまで研究が重ねられている。 1901年(明治34年)、静岡県出身。静岡県立静岡中学校を経て、1923年(大正12年)、陸軍士官学校(35期)卒業後、陸軍委託学生として1928年(昭和3年)、東京外国語学校に入学、3年間支那語を修めた。
出典:ウィキペディア「寺平忠輔」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
