細野 正文(ほその まさぶみ、1870年(明治3年)11月8日 - 1939年(昭和14年)3月14日)は、明治期の鉄道官僚。日本人唯一のタイタニック号の乗客として知られる。 1870年、新潟県中頸城郡保倉村(後の直江津市、現在の上越市直江津地区)にて豪農の四男として生まれた[出典無効]。1896年、東京高等商業学校(現在の一橋大学)本科卒業。三菱合資会社入社。1897年、同社を退社し逓信省に入省。鉄道作業局に配属され、新橋駅(後の汐留駅)貨物係に配属。1906年、東京外語学校(現在の東京外国語大学)ロシア語科修了。1907年、帝国鉄道庁経理部調査課主事に就任。1908年鉄道院主事に就任。鉄道院時代の部下には大川博がいる。
出典:ウィキペディア「細野正文」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
