凌 霄(りょう しょう)は、中華民国の海軍軍人。南京国民政府(汪兆銘政権)の要人。別号は壮華。 日本に留学し、東京商船学校、海軍大学校を卒業した。帰国後は、北京政府参謀本部科長、奉天省航警学校校長、東北第2艦隊司令、渤海艦隊副司令を歴任する。1929年(民国18年)、沈鴻烈配下の東北第1艦隊司令として青島に入った。しかし沈と対立して、東北海軍駐青弁公処処長に転じている。 1940年(民国29年)3月、汪兆銘が南京国民政府を樹立すると、凌霄は軍事委員会委員兼海軍部政務次長となった。同年5月、政務次長を離れ、委員専任となる。1944年(民国33年)11月、海軍部長任援道に代理して部長となり、翌1945年(民国34年)1月、正式に海軍部長に昇進した。
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