小林 トミ(こばやし トミ、1930年5月15日 - 2003年1月2日)は、日本の市民運動家、画家。市民グループ「声なき声の会」の中心メンバーとして安保闘争、反戦活動に従事し、鶴見俊輔や高畠通敏らとベ平連スタイルの市民運動の原型をつくった。 茨城県土浦市に生まれる。父親はパン屋を営んでいたが、米相場に手を出して事業不振に陥り、1934年(昭和9年)に一家で千葉県浦安町(現・浦安市)に移って下駄と鼻緒の行商を始めた。 東京都立葛飾高等女学校(現・東京都立南葛飾高等学校)に進学するも、1944年(昭和19年)11月以降は授業はなかった。1945年(昭和20年)3月10日の東京大空襲後、一家は浦安も危ないと判断し、土浦市に疎開。
出典:ウィキペディア「小林トミ」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
