弦田 英太郎(つるた えいたろう、1920年5月1日 - 2014年9月21日)は日本の洋画家、日展会員、一水会常任委員を務めた。 舞妓や裸婦、バレリーナなどを得意とし、神秘的色香を追求した。 1920年、東京都大森区新井宿(現大田区中央)に生まれる。 東京美術学校(現東京芸術大学)に入学し、油絵科(藤島武二教室)を1942年に卒業する。卒業する年から1949年まで第二次世界大戦のためヨーロッパに戻れずにいたスイス人画家コンラッド・メイリ(Conrad Meili, 1895年-1969年)に師事する。1942年には第6回一水会展で初入選している。また、1949年には有島生馬にも師事している。 1950年に裸婦画「マヤ」で日展の特選となる。
出典:ウィキペディア「弦田英太郎」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
