山本 恪二(やまもと かくじ、1915年(大正4年)2月18日 - 2000年(平成12年)3月5日)は、昭和から平成期前半の彫刻家。京都市立美術大学名誉教授。 滋賀県生まれ。旧制中学2年の時にギリシャ彫刻の写真を見て、彫刻家になることを志したと言われる。1933年、東京美術学校彫刻科彫塑部に入学した。 1940年、第5回新制作派展に初入選するが、戦争に徴用される。戦後実家に戻り1947年から1949年まで京都市立美術専門学校(京都市立芸術大学の前身)、1950年から1980年まで京都市立美術大学・京都市立芸術大学、その後は大手前大学・神戸山手女子短期大学芸術科で彫刻の指導を行った。なお、この間1958年から1960年までパリに留学(パリ・エコール・デ・ボザール)しマルセル・ジモンとユーベル・ヤンセンに就いて学んだ。
出典:ウィキペディア「山本恪二」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
