村田 浩(むらた ひろし、1943年(昭和18年)1月11日 - )は、日本の栃木県芳賀郡益子町の「益子焼」の陶芸家。 窯名は「村田浩窯」。 同じく益子焼の陶芸家である村田元の三男である。 1943年(昭和18年)1月11日、村田元と妻・留子の三男として東京で生まれる。 1944年(昭和19年)、太平洋戦争の最中にもかかわらず陶芸家を志し濱田庄司に入門した父・元と共に、わずか1歳で家族一同で栃木県芳賀郡益子町に転居し、益子で育つ。 父・元が窯を築いたのが小学生の時だったため、幼少の頃から父の見よう見まねで轆轤を回し、土をいじり始めた。当時は蹴り轆轤だったので足がようやく届く状態であり、粘土がうねうねと動いてしまい大変だった。
出典:ウィキペディア「村田浩」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
