奈良 祐希(なら ゆうき、1989年2月21日 - )は、石… 奈良 祐希(なら ゆうき、1989年2月21日 - )は、石川県金沢市出身の陶芸家、建築家。建築デザインラボEARTHEN主宰。 陶芸家と建築家の2つの顔を持つ「二刀流」のアーティストとして広く知られる。陶芸家として個展やグループ展、海外アートフェアに出品しながら、建築家として建築設計や会場構成、プロダクトデザイン等、活動の幅は多岐にわたる。 建築と陶芸の融合をコンセプトとし、意図的な建築に無意識の偶然性を、無意識の陶芸に設計の作為性を、双方の要素を逆流させることによって、本質的な融合を目指している。 代表作に、伝統的な陶芸技法と最先端の建築テクノロジーを融合させた「Bone Flower」シリーズや、金沢の雪景色から着想を得た独特な幾何学文様「Ice Wall」シリーズなど。
西 隆行(にし たかゆき、1984年 - )は日本の陶芸家。… 西 隆行(にし たかゆき、1984年 - )は日本の陶芸家。佐賀県有田町で活動している。代表作:雫シリーズ 福岡県出身。福岡大学工学部建築学科を経て、佐賀県立有田窯業大学校を卒業した。 陶芸家 西 隆行 | NISHI TAKAYUKI - 公式ホームページ この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
桑田 卓郎(くわだ たくろう、1981年 - )は、日本の陶… 桑田 卓郎(くわだ たくろう、1981年 - )は、日本の陶芸家。広島県福山市生まれ。2001年、京都嵯峨芸術大学短期大学部卒業。2002年から財満進に師事。2007年、多治見市陶磁器意匠研究所修了。現在は岐阜県土岐市に工房を置いて活動している。 陶芸の技術と日本独自の美意識に基づき、伝統と現代の感性を融合させた作品を手がける。NHKのSWITCHインタビュー 達人達への出演歴がある。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
鈴木 大弓(すずき ひろゆみ、1981年 - )は、陶芸家。… 鈴木 大弓(すずき ひろゆみ、1981年 - )は、陶芸家。 宮城県仙台市に生まれる。中央大学総合政策学部卒業。 大学在学中に作陶を始め、大韓民国の聞慶・慶州にて修行。2009年、信楽にて独立。2010年、ギャラリー陶園(甲賀市信楽町長野)および現代陶芸サロン桃青(大阪市)にて個展を開催。焼締めのほか、多彩な釉薬作品を手がける。2016年、伊賀に工房を移転。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
中川 貴了(なかがわ たかのり、1981年 - )は、三重県… 中川 貴了(なかがわ たかのり、1981年 - )は、三重県生まれの陶芸家である。 杉江幸治(飛渡窯)、小西洋平の流れをくむ、常滑焼の伝統を基礎に、遊び心をもった、楽しく、実用にも供する作品
田村 栄一郎(たむら えいいちろう、1979年 - )は、日… 田村 栄一郎(たむら えいいちろう、1979年 - )は、日本の徳島県鳴門市出身の陶芸家。徳島県で240年以上続く大谷焼元山窯の10代目当主。徳島県、また大谷焼を代表する若手作家である。 日本新工芸家連盟会員、徳島県美術家協会工芸部委員、大谷焼伝統工芸士、徳島県卓越技能者「阿波の名工」、とくしま芸術文化奨励賞。 1979年、生まれる。徳島県立鳴門高等学校、大阪芸術大学、京都府立陶工高等技術専門校を卒業後、京都にて修行。日展参与である山崎昭に師事する。 帰郷後、最初に制作出品した県美術展で最高賞を受賞。翌年の日本新工芸展でも初出品で日本新工芸奨励賞受賞、同年秋の日展にて初入選を果たす。その後も全国の陶芸公募展に多数出品入選入賞を重ねる。
島岡 桂(しまおか けい、出生名「筆谷 桂(ふでや けい)」… 島岡 桂(しまおか けい、出生名「筆谷 桂(ふでや けい)」1978年(昭和53年)2月26日 - )は、日本の栃木県芳賀郡益子町の益子焼の陶芸家である。 益子焼を代表する作家の一人であり人間国宝であった島岡達三の孫であり、養子縁組を経て「島岡窯」の継承者となり、「島岡製陶所」2代目当主である。 1978年(昭和53年)2月26日、日本画家である筆谷等と、島岡達三の長女でガラス工芸家である筆谷淑子の次男として益子町に生まれる。 田んぼに飛び込み大声を上げて外を駆け回る、やんちゃな子どもだった。 おじいちゃん子であったため、幼少の頃、幼稚園への登園拒否をしていた時期に、毎日、母方の実家である「島岡窯」にお弁当を持って遊びに行っていた。
渡邉 英里子(わたなべ えりこ、旧姓:山田、1978年(昭和… 渡邉 英里子(わたなべ えりこ、旧姓:山田、1978年(昭和53年) - )は、日本の陶芸家。
馬渡 新平(まわたり しんぺい、1976年 - )は、陶芸家… 馬渡 新平(まわたり しんぺい、1976年 - )は、陶芸家。 埼玉県に生まれる。1995年、北海道札幌西高等学校卒業。1999年、富山大学工学部中退。2001年、京都伝統工芸専門校卒業。2002年、萩焼松野緑栄窯(山口県萩市)にて修行。2004年、札幌市手稲区に工房を構え、後に小樽市忍路に移転。2012年5月、秋田県仙北郡美郷町に移転、牛舎をセルフリフォームして工房とする。地元の土で刷毛目や粉引の器を制作。2015年11月、北海道余市町に移住。
見附 正康(みつけ まさやす、1975年10月9日 - )は… 見附 正康(みつけ まさやす、1975年10月9日 - )は、日本の陶芸家。九谷焼の伝統的な赤絵細密画(赤絵細描)の技法を使い、古典的赤絵をモダンな現代的な作品に変えた第一人者。九谷赤絵を代表する作家。書道の師範も持つ。 石川県加賀市片山津温泉出身。1997年、石川県立九谷焼技術研修所を卒業。卒業後、福島武山の内弟子ではなく、外弟子として九谷焼体験兼販売店のアルバイトをしながら工房へ週に二回、古典赤絵を習いに行く。古典赤絵の特徴でもある人物画や龍、花鳥風月等も描いていたが、誰もがイメージする九谷赤絵ではなく、独自の作風を作りたくあえてメインの絵を省略しデザイン的な紋様の展開にかかる。見附はサラリーマンの家庭に育ち、いずれ自宅に工房を構える事を決めており、赤絵細密画の技法を使い何かしら自分のカラーを出せる作品をと模索していた。
福森 道歩(ふくもり みちほ、1975年(昭和50年)8月2… 福森 道歩(ふくもり みちほ、1975年(昭和50年)8月23日生)は、日本の陶芸家、料理家。三重県阿山町(現・伊賀市)出身。伊賀焼を代表する窯元「土楽窯」の7代目当主福森雅武の四女で、2015年から8代目当主。 阿山町立丸柱小学校、阿山町立阿山中学校、三重県立上野高等学校を経て短期大学卒業。料理研究家村上祥子に3年師事。辻調理師専門学校卒業後、大徳寺龍光院にて1年間修行。2003年 家業である伊賀焼窯元「土楽」に入り、2016年 代表取締役に就任。 「ほぼ日刊イトイ新聞」にて土鍋料理の連載をしており、書籍化されている。フードスタイリストの飯島奈美とたびたびコラボレーションをしている。
佐藤 典克(さとう のりかつ、1974年 - )は、日本の陶… 佐藤 典克(さとう のりかつ、1974年 - )は、日本の陶芸作家、陶芸家。 1974年、岐阜県羽島市に生まれる。岐阜大学教育学部附属小学校/岐阜大学教育学部附属中学校・岐阜県立加納高等学校美術科を経て東京藝術大学に進学。2001年、東京藝術大学大学院美術研究科修士課程陶芸専攻修了、2003年、相模原市に築窯 独立。2006年~2008年、東京藝術大学 陶芸研究室に助手として勤務。2008年、Lea-Style Tougei Schoolを開設(2022年年閉業)。2009年工房を相模原市東橋本に移し今に至る。2022年5月スマイルアクティビティーズ設立 陶芸教室レアを開設 ・公益社団法人日本工芸会 正会員 ・日本陶芸美術協会 会員・岐阜県羽島市アンバサダー 「縒」とは「立体物が必ず直面する重さを感じさせてしまう事への一つのアプローチの方法。
亀井 洋一郎(かめい よういちろう、1974年 - )は、日… 亀井 洋一郎(かめい よういちろう、1974年 - )は、日本の陶芸家。琉球大学准教授。香川県大川郡白鳥町(現在の東かがわ市)出身。2001年に第39回朝日陶芸展でグランプリを受賞。陶磁器の量産技法である鋳込み成形に着目し、磁器の格子構造体を基本形とする作品を制作。
今野 安健(こんの やすたけ、1971年(昭和46年)10月… 今野 安健(こんの やすたけ、1971年(昭和46年)10月12日 - )は、日本の陶芸家。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
赤沢 嘉則(あかざわ よしのり、1971年 - )は、日本の… 赤沢 嘉則(あかざわ よしのり、1971年 - )は、日本の美術家、陶芸家。京焼(交趾焼)の名跡、赤沢露石(あかざわ ろせき)の5代目当主。 150年明治より続く京都市の陶芸の4代赤沢露石を父に生まれる。赤沢家は妙心寺の行者と呼ばれる寺侍を江戸時代に代々務めた。 伝統的な交趾焼の技法を継承しつつ、日本画の写実的な表現や現代的な抽象感覚を融合させた独自の作風を確立。2020年、父である四代・露石の跡を継承した。 自身の芸術コンセプトを「光を司る芸術(The Art of Governing Light)」と定義。イタリアのモザイク画などの西洋芸術が透過光を重視するのに対し、陶磁器という大地の素材の上に光を留め、固定することを追求している。
上野 剛児(うえの つよし、1969年 - )は、陶芸家。 … 上野 剛児(うえの つよし、1969年 - )は、陶芸家。 1969年、岡山県玉野市に生まれる。 1990年から1994年まで、自動車メーカーにてデザイナーとして勤務。1994年、退職し、北米大陸や東南アジアなどを訪れる。1996年、帰国。1997年、福井県窯業指導所入所。1998年、森岡成好に師事。2005年、香川県東かがわ市に「火の谷窯」を築窯。 南蛮焼を中心に、灰釉や粉引なども手掛ける。制作は、穴窯でのそれを一貫する。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
中野 拓(なかの たく、1967年(昭和42年)10月25日… 中野 拓(なかの たく、1967年(昭和42年)10月25日 - )は、日本の陶芸家、金継ぎ師。兵庫県出身。 表参道(東京都港区南青山)で陶芸の工房を経営する陶芸家。陶芸には珍しい材料、希少金属やガラス、天然漆を使い、宇宙(天体)をモチーフにした器作りを展開、独自のスタイルでアートワークを行っている。また金継ぎ師としても活動。ジョージア政府(グルジア)からワイン壷の金継ぎを依頼され、天王洲アイルで開催されたジョージアワイン展でジョージアのワイン文化と日本の金継ぎ文化が出会った、シンボリックオブジェとして展示された。また、自身で制作したセラミックやガラスを金継ぎで融合させ、現代人の生活スタイルにマッチするよう、アップサイクルする手法や作風(中野は表参道焼と呼んでいる)を日本経済新聞社が「世界が注目する伝統工芸のニューウェーブ」と称している。
濱田 友緒(はまだ ともお、1967年(昭和42年)1月1日… 濱田 友緒(はまだ ともお、1967年(昭和42年)1月1日 - )は、栃木県益子町の「益子焼」の陶芸家である。 濱田晋作の次男であり濱田庄司の孫にして濱田窯3代目当主である。 益子参考館:濱田庄司記念益子参考館館長も務め、参考館の運営を通して「濱田庄司研究」にも勤しむ。 「濱田家3代目」として「益子焼の町・益子」の取りまとめ役及びその代表を担い、日本全国各地と世界各国の美術館、大学、陶芸施設、百貨店、ギャラリー、大使館などで展覧会、講演会、陶芸ワークショップなど、様々な活動を行っている。 1967年(昭和42年)1月1日、濱田晋作の次男、濱田庄司の孫として栃木県芳賀郡益子町に生まれる。 幼い頃から祖父と父親の仕事である作陶に接しながら育ち、物心が付く前の3歳の時に「陶芸家になりたい」と話し、祖父の庄司から大変可愛がられていた。
きむらとしろうじんじん(1967年 - )は、日本の美術家、… きむらとしろうじんじん(1967年 - )は、日本の美術家、陶芸家。 新潟県生まれ。京都市立芸術大学大学院(陶磁器)修了。 大学を出てからしばらく焼き物から離れ、1993年から友人たちとHIVとエイズに関するNGO活動を始め、その縁でコミュニティ+アート・センターの運営などを行う。その活動と関連して京都のクラブでパーティーを主催したりした。 旅まわりのお茶会「野点」は1995年からスタート。広く国内外で絶賛開催中。
今泉 卓(いまいずみ たく、1966年6月21日 - )は、… 今泉 卓(いまいずみ たく、1966年6月21日 - )は、日本の陶芸家、料理人。卓袱堂主催。神奈川県茅ヶ崎市出身。自らの器で料理を提供することから、現代の魯山人と形容されることもある。
辻 聡彦(つじ としひこ、1965年10月21日 - )は、… 辻 聡彦(つじ としひこ、1965年10月21日 - )は、日本の陶芸家で、佐賀県有田町の有田焼の窯元・聡窯(そうよう)の三代目窯主。日展(理事長:宮田亮平)、佐賀県・有田陶芸協会(会長:十四代今泉今右衛門)などに所属する。 有田焼では異色の線刻技法を用い、心象風景をモチーフに作陶する陶芸家である。現在[いつ?]は福岡三越、横浜髙島屋、大阪髙島屋など全国の百貨店美術画廊にて個展を開催。 辻毅彦(陶芸家)の長男として佐賀県有田町に生まれる。 有田町立有田中学校卒業後、佐賀県立武雄高等学校普通科へ進学。祖父の辻一堂(陶芸家)の死去などをきっかけに家業である陶芸家を志す。中学、高校時代の美術教諭、広島巌(洋画家)、下平武敏(洋画家)の薦めもあって、高校在学中から杉本好守(洋画家)、杉本弘子(洋画家)夫妻のもと油絵を学ぶ。
瀧野 佳宏(たきの よしひろ、1965年 - )は、日本の徳… 瀧野 佳宏(たきの よしひろ、1965年 - )は、日本の徳島県鳴門市出身の陶芸家。 徳島で240年以上続く大谷焼の窯元、佳実窯3代目当主。徳島、大谷焼を代表する作家である。京都芸術短期大学専攻科修了後、京都芸術短期大学の陶芸研究室に勤務し、養護施設の非常勤講師を務めていた。後に国際陶磁器フェスティバル美濃など数々の国際陶芸展に入選を果たし、現在も数々のオブジェや食器類を制作している。 京都府国際陶芸展 入選中日国際陶芸展 入選国際ビエンナーレ展 入選美濃国際フェスティバル 入選朝日陶芸展 入選金沢ユンペンション陶芸展 入選天展 入選全関西美術展読売テレビ賞 受賞日本新工芸展入選 読売テレビ賞 受賞日本新工芸展入選 読売新聞社賞 受賞 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。
七浦 広志(ななうら ひろし、1964年12月14日 - )… 七浦 広志(ななうら ひろし、1964年12月14日 - )は、日本の医師・写真家・陶芸家。血液型はB型。 和歌山県伊都郡高野町冨貴出身。奈良県御所市に育つ。 父・義郎は開業医。母・貞子は陶芸家。兄・高志は開業医。御所市医師会副会長、奈良県医師会理事。 奈良県立五條高等学校、愛知医科大学医学部医学科卒業。 1998年4月、愛知医科大学付属病院助手、2000年7月~2010年12月、岐阜県中津川市国民健康保険坂下病院・泌尿器科部長、臨床検査科部長。2011年1月~2014年3月、岐阜社会保険病院・泌尿器科部長、在宅診療部長。2014年4月、トヨタ自動車入職。 現在は、トヨタ自動車統括産業医、厚生労働省労働政策審議会安全衛生分科会委員、産業医科大学非常勤講師。
松尾 勝也(まつお かつや、1964年3月23日 - )は、… 松尾 勝也(まつお かつや、1964年3月23日 - )は、日本の陶芸家で、有田焼の伝統工芸士。長崎県波佐見町出身。日本工芸会、有田陶芸協会(監事)、佐賀県陶芸協会会員に所属。 長男として生まれる。 佐賀県立有田工業高等学校窯業科(現・セラミック科)卒業後、恩師の紹介により、有田町の窯元「走波」に就職する。7年間勤務し、成型から焼成までの工程を学ぶ。修行の後に母校、恩師から県立学校実習助手のオファーを受け、窯業の魅力を若い世代に伝えるために教師を志す。 教員採用試験合格後、佐賀県立有田工業高等学校窯業科の教師となり、教鞭を執る。教壇に立ちつつ、九州山口陶磁展(現・有田国際陶磁展)2位、日本伝統工芸展入選(12回)、宮内庁買上(4回)、などの栄に浴した。
鈴木稔(すずき みのる、1962年(昭和37年)7月10日 … 鈴木稔(すずき みのる、1962年(昭和37年)7月10日 - )とは、栃木県芳賀郡益子町の「益子焼」の陶芸家である。 轆轤ではなく「割型」と呼ばれる作陶手法を用いて作陶活動を続けている。 そして2009年(平成21年)から開催されているアートイベント「土祭」から生まれた益子町の地域コミュニティーグループ「ヒジノワ」の代表を務め、また2011年(平成23年)3月11日に発生した東日本大震災がきっかけで生まれたNPO団体「MCAA」の設立に関わるなど、「益子町のまとめ役」も務めている。 1962年(昭和37年)7月10日、埼玉県に生まれる。 埼玉県の進学高校に入学した後、中学校までの自信が打ち砕かれ、何事にも無気力になった。
松井 康陽(まつい こうよう、1962年 - )は、日本の陶… 松井 康陽(まつい こうよう、1962年 - )は、日本の陶芸家。日本工芸会正会員。茨城県笠間市を拠点に、練上を中心とする陶芸作品を制作している。国の重要無形文化財「練上手」保持者である陶芸家・松井康成の長男。 1962年(昭和37年)、茨城県笠間市に生まれた。父は陶芸家の松井康成で、康成はのちに国の重要無形文化財「練上手」保持者に認定された。 1985年(昭和60年)、筑波大学芸術専門学群彫刻科を卒業し、月崇寺陶房に入った。以後、父・康成に師事し、練上を中心とする陶芸制作を行った。 1991年(平成3年)、第38回日本伝統工芸展に入選した。1992年(平成4年)には第32回伝統工芸新作展に入選し、1993年(平成5年)には第12回日本陶芸展に入選した。
木暮 陶句郎(こぐれ とうくろう、1961年〈昭和36年〉1… 木暮 陶句郎(こぐれ とうくろう、1961年〈昭和36年〉10月21日 -)は、日本の俳人、陶芸家。群馬県北群馬郡伊香保町(現・渋川市)出身。本名、木暮 宏明 (こぐれ ひろあき)。 1993年、俳句雑誌「ホトトギス」投句開始。 稲畑汀子、稲畑廣太郎に師事。1998年、日本伝統俳句協会賞、花鳥諷詠賞を受賞。2002年「ホトトギス」同人。2009年、村上鬼城賞正賞を受賞。 2011年俳句雑誌「ひろそ火」を創刊主宰。 現在 群馬県俳句作家協会副会長、NHK学園俳句講座講師(2024年度「NHK俳句」第3週選者)、日本伝統俳句協会会員、俳人協会会員、日本文藝家協会会員 他。 南雲龍および南雲陽に師事。
宮田 佳典(みやた よしのり、1960年8月4日 - )は日… 宮田 佳典(みやた よしのり、1960年8月4日 - )は日本の陶芸家。萩焼作家。経済産業大臣指定伝統的工芸品萩焼伝統工芸士に認定された。 萩焼の中でも、鬼萩と呼ばれる砂の混ざった粗い粘土からできた分野の作家。 福岡県出身。大阪芸術大学卒業。 1988年、松唐山にて萩焼の修行を始める。1991年には独立し、山口県豊北町に移り住んだ。翌年には自ら登り窯を築窯した。 2012年には、経済産業大臣指定伝統的工芸品萩焼伝統工芸士に認定。 自身が山へ入り粘土を探したり、自身が焼いた原料から釉薬を作り出したりなどを行う。
長澤 靖(ながさわ やすし、1959年3月25日 - )は、… 長澤 靖(ながさわ やすし、1959年3月25日 - )は、日本の挿絵画家、陶芸家。元中学校教諭。 第二次世界大戦時、広島市に住んでいた少年が愛用していた弁当箱を題材とした絵本作品『まっ黒なおべんとう』の挿絵を手がけた。 広島県出身。広島大学卒業。大学時代、 鉄道研究会を創設した。かつて中学校の技術科教諭を勤めており、子供たちへ平和の尊さを伝える活動を長年続けてきた。 1989年には、母親が息子の遺体を見つけ、そのかたわらにあった、食べることが出来ずまっ黒に炭化した弁当の話『まっ黒なおべんとう』(児玉辰春 作)の挿絵を手掛けた。その後アニメ映画化もした。1996年には、第6回けんぶち絵本の里大賞ひばからす賞を受賞。
鈴木 厚(すずき あつし、1959年(昭和34年)- )は、… 鈴木 厚(すずき あつし、1959年(昭和34年)- )は、千葉県出身の陶芸家、彫刻家、画家。父は彫刻家の鈴木実、母は日本画家の鈴木芳子。 1958年、鈴木実、鈴木芳子の長男として千葉県流山市に生まれる。1978年、千葉県立東葛飾高等学校卒業。1983年、東京造形大学造形学部美術学科彫刻専攻卒業。2004年、茨城県取手市の自宅に銀窯を開窯。
近藤 高弘(こんどう たかひろ、1958年9月4日 - )は… 近藤 高弘(こんどう たかひろ、1958年9月4日 - )は日本の京都府の出身の陶芸家・美術家である。陶の素材・表現を基軸に、土やガラスや金属などの立体・平面の造形表現を制作している。祖父は人間国宝の近藤悠三。 京都府京都市東山区清水に近藤濶(陶芸家)の長男として生まれる。 学生時代は卓球選手として活躍。インターハイ・シングルチャンピオン、関東学生シングルス、全日本学生卓球選手権大会ダブルスチャンピオン、国際大会の日本代表にも複数回選出されている。卓球選手として鍛練された運動能力と精神の強さが、その創作活動の上で大きく役立っていると語ることがある。 法政大学卒業後、一般企業に就職するも、26歳の時伯父で陶芸家・近藤豊の自死の衝撃が芸術の道を志すきっかけとなり、京都府立陶工職業訓練校に入学する。
大樋 年雄(おおひ としお、1958年〈昭和33年〉6月8日… 大樋 年雄(おおひ としお、1958年〈昭和33年〉6月8日 - )は、石川県金沢市出身の大樋焼の陶芸家、美術家。本名は奈良年夫。十代大樋長左衛門の長男。1985年ボストン大学大学院修了。2016年1月、十一代大樋長左衛門を襲名。2025年、日本藝術院会員。2026年、石川県文化観光大使。同年、日展理事就任。
石川 雅一(いしかわ はじめ、本名「一(はじめ)」、1957… 石川 雅一(いしかわ はじめ、本名「一(はじめ)」、1957年(昭和32年)9月27日 - )は、日本の栃木県芳賀郡益子町の「益子焼」の陶芸家。 同じく益子焼の陶芸家であり「南窓窯」2代目となる石川圭の父親である。 シンプルかつ「品のある」形をした、粉引や白磁の「白い器」を作り続けており、「白の作家」と呼ばれている。 1957年(昭和32年)9月27日、栃木県宇都宮市に生まれる。 栃木県立宇都宮高等学校に在学中、デッサンの夏期講習で行った東京で、偶然、美濃焼の「古志野」の再現を果たし人間国宝となっていた荒川豊蔵の展覧会に入った。その作品を観た時に、並んでいた小さな茶碗がとてつもなく大きく見えて、身体の中に入り込んできた。
青木 清高(あおき きよたか、1957年8月12日 - 20… 青木 清高(あおき きよたか、1957年8月12日 - 2015年4月14日)は陶芸家である。中国南宋時代の青磁の研究を主に、青磁、天目、染付を中心に制作する作陶で知られる。父は日本芸術院会員で、文化功労者、文化勲章受章者でもあった青木龍山。 1957年(昭和32年)、陶芸家・青木龍山の長男として、佐賀県西松浦郡有田町に生まれる。佐賀県立武雄高等学校を卒業後、1976年(昭和51年)に長崎大学教育学部美術科入学、洋画を専攻。1980年(昭和55年)、同大学卒業。卒業と同時に中村清六(佐賀県重要無形文化財白磁保持者)に師事。 青木家では、1600年代後半頃より外尾山窯の窯焼として家業が引き継がれて来たが、曾祖父・青木甚一郎が外尾登の権利を買取り、18歳の時に本家(青木太平家)より独立し、実弟・栄次郎と共に明治20年代の後半に有田焼の製造販売を手掛ける青木商店を設立。
宮田 堅一(みやた けんいち、1957年 - )は陶芸家。日… 宮田 堅一(みやた けんいち、1957年 - )は陶芸家。日本工芸会正会員。栃木県真岡市生まれ。 1981年、立命館大学文学部日本文学専攻 卒業。その後、独学にて陶芸の世界へ。1993年に京都に移り、葦芽(あしかび)同人となってから本格的な創作活動に入り、グループ展覧会に作品を出展するようになる。2001年に兵庫県加西市玉野町に穴窯を築窯する。粉引、灰釉、焼締め、炭化、織部といった技法を用いた作陶を行う。各地で個展等にて作品を発表している。普段使いに焦点を置いた作陶を心掛けている。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
緒方 敏明(おがた としあき、1957年 - )は、日本の陶… 緒方 敏明(おがた としあき、1957年 - )は、日本の陶芸家である。兵庫県宝塚市出身。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。 この項目は、まだ閲覧者の調べものの参照としては役立たない、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:人物伝/PJ:人物伝)。
高田 三平(たかた さんぺい、1956年 - )は、日本の画… 高田 三平(たかた さんぺい、1956年 - )は、日本の画家、陶芸家。東京家政大学教授(2017~)。造形作家。福岡県出身。 1956年福岡県に生まれる。1975年福岡県立京都高等学校卒業。1982年多摩美術大学絵画科油画専攻陶芸コース卒業。1999年に葉山町に築窯し、高田三平工房を主宰した。東京家政大学陶芸家非常勤講師、同大学教授を経て、多摩美術大学美術学部工芸学科非常勤講師に就任。
井口 峰幸(いぐち たかゆき、1956年 - )は、日本の陶… 井口 峰幸(いぐち たかゆき、1956年 - )は、日本の陶芸家・美術団体の代表。陶芸団体 創土会代表、千葉県指定伝統的工芸品「大多喜焼」工房阿弥陀窯代表、ギャラリー&工房AMIDAYOU代表を務める。千葉県八街市出身で千葉県を代表する陶芸家。30年以上にわたり、独自の作陶技術と研究開発を続け、地元材料を駆使した大多喜焼を始めた。2021年に千葉県知事より千葉県指定伝統的工芸品に指定された。同年に、千葉県指定伝統的工芸品大多喜焼窯元 となる。また大多喜焼は、陶芸品として県内唯一の千葉県指定伝統的工芸品となった。さらに大多喜町で初めての千葉県指定伝統的工芸品でもある。 千葉県八街市に生まれる。就職した書道団体の企画・広報の仕事で画廊を訪れた際に、陶芸家加守田章二の作品に感銘を受けて、陶芸家の道を志す。
涌井 賀代子(わくい かよこ、1956年(昭和31年)- )… 涌井 賀代子(わくい かよこ、1956年(昭和31年)- )は、日本の陶芸家。得意:鉄釉 灰釉 色絵 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
山岸 大成(やまぎし たいせい、1956年 - )は、日本の… 山岸 大成(やまぎし たいせい、1956年 - )は、日本の陶芸家、九谷焼作家。日本藝術院賞受賞者。 石川県能美郡寺井町(現在の能美市)に生まれる。1978年、金沢美術工芸大学美術工芸学部産業デザイン学科工芸を卒業し、同年、第10回日展に初入選した。以後、日展および日本現代工芸美術展を中心に活動した。 1990年に第22回日展特選、1996年に第28回日展特選を受賞した。2008年には第47回日本現代工芸美術展で文部科学大臣賞、2012年には第51回日本現代工芸美術展で内閣総理大臣賞を受賞した。2019年に日展特別会員となった。 山岸は、白磁を基調に、祈りや畏れ、神々の存在といった主題を造形化する作品を制作している。
前田 昭博(まえた あきひろ、昭和29年(1954年)5月1… 前田 昭博(まえた あきひろ、昭和29年(1954年)5月1日 - )は、鳥取県出身の陶芸家、白磁作家。日本工芸会正会員。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
山田 和(やまだ かず、1954年 - )は、現代美術家、陶… 山田 和(やまだ かず、1954年 - )は、現代美術家、陶芸家。 愛知県常滑市に生まれる。1976年、大阪芸術大学芸術学部工芸学科陶芸コース卒業。卒業と同時に越前陶芸村に築窯。加藤唐九郎に師事。志野を中心に、赫釉織部や青織部などを制作。祖父は二代山田常山(本名:誠)、父は山田健吉(常滑焼日展作家)、伯父は三代山田常山(本名:稔、常滑焼人間国宝)。次男の山田大、甥も陶芸家。 1988年、ドイツにて穴窯制作(ヤン・コルヴィツ陶房)。記録映画「炎より生れる」制作に参加(マークスツエルナープロダクション)。1989年、ドイツにて作品制作、初窯。2020年、イギリス、ヴィクトリア・アンド・アルバート博物館に作品収蔵、展示。
島岡 龍太(しまおか りゅうた、1952年(昭和27年)12… 島岡 龍太(しまおか りゅうた、1952年(昭和27年)12月1日 - 2022年(令和4年)12月28日)は、栃木県芳賀郡益子町の益子焼の陶芸家である。 窯元の名称は「龍太窯」。 益子焼の「人間国宝」であった島岡達三の長男であり、父と同じ陶芸の道に進んだ。父・島岡達三の偉大さからくるプレッシャーに思い悩まされながらも、合田好道の薫陶を受けたことで、父とは異なる大胆な幾何学文様の「彫り象嵌」に定評を得るようになった。 1952年(昭和27年)12月1日、後に益子焼の陶芸家、そして人間国宝となる島岡達三の長男として栃木県益子町に生まれる。 小学生の頃から粘土いじりをしていた。単に身近にあったから、他の子どもの砂遊びと同じような感覚で粘土で遊んでいた。
荒川 友雪(あらかわ ともゆき、1952年7月11日 - )… 荒川 友雪(あらかわ ともゆき、1952年7月11日 - )は、日本の陶芸家。作陶名は友雪(ゆうせつ)。 愛知県豊田市八草町(旧・愛知県西加茂郡猿投町大字八草)出身。農家の三男として生まれる。25歳のとき、陶芸の道へと進む。主に愛知県周辺を中心として活躍し、県内外の多くの窯場の作陶指導と穿窯(あながま)築窯の指導に携わる。「男のやきもの」第116回 荒川友雪の薄平鉢『週刊ポスト』1992年9月第4週参照。 良質な天然土と薪燃料の穿窯(あながま)を求めて日本中を放浪し、古の陶工本来の姿を追及。多数の個展開催実績があり、NHK TV『作法の極意』やCBC TV『板東英二の名古屋そこ知り』のテレビ出演、週刊ポストの『男の焼き物』など、毎日新聞を始め多くのメディアに露出。
中尾 哲彰(なかお てつあき、1952年1月30日 - 20… 中尾 哲彰(なかお てつあき、1952年1月30日 - 2025年3月8日)は、日本の陶芸家、芸術家。 「銀河釉」という様々な金属を高温で結晶化させる独自の釉薬を開発し、国際的に評価された。代表作に『銀河のオデッセイ』や『遥かなる長安』、『東洋の記憶』、『東洋的「無」』などがある。愛猫家。弟子のステン・ヴァン・ダーレンは娘婿。 佐賀県杵島郡山内町(現:武雄市山内町)出身。父は、元陸軍士官で玉峰陶園(現:銀河釉 玉峰窯)を創業した昌幸。中尾家の長男として生まれる。 父は士官学校出身で教官をしていたため、同じやり方で厳しく育てられる。慶應義塾大学文学部哲学科中退[1]。当時は、学生運動が冷めやらぬ時代であり、当初は社会学・哲学の学者を志していた。
今 千春(こん ちはる、男性、1951年3月 - )は、日本… 今 千春(こん ちはる、男性、1951年3月 - )は、日本の陶芸家。 新潟県長岡市に生まれる。武蔵野美術大学を卒業後、辻清明に師事、信楽焼を学ぶ。長岡市宮本町の工房「木火窯」で制作を行う。 1991年、焼き締め陶公募展入選。1992年、淡交ビエンナーレ茶道美術公募展家元賞(奨励賞)受賞、新潟光風会奨励賞受賞。黒田陶苑(東京都渋谷区)、伊勢丹本店(東京都新宿区)、松屋銀座(東京都中央区)などで個展を開催。 茶器、花器、酒器などジャンルは広く、信楽焼のほか、粉引、瀬戸黒など、さまざまな作品にチャレンジしている。また、書についてもいくつか作品を制作しており、陶芸作品の箱の蓋にも大きく記されている。 妻の今葉子も陶芸家で、夫婦で陶芸教室を開いている。
天狗寺 陶白人(てんぐうじ とうはくじん、1951年2月16… 天狗寺 陶白人(てんぐうじ とうはくじん、1951年2月16日 - 2020年1月24日)は、日本の陶芸家。岡山県津山市在住。本名は寺元進で、寺元進名義でも活動していた。「天狗寺陶白人」の名前は、岡山県津山市の天狗寺山を由来とする。 美作の土を使った作陶を行っている。 1951年2月16日に岡山県苫田郡加茂町に産まれる。 1968年に岡山県立津山工業高等学校を、1972年に藤川デザイン学院(現京都造形芸術大学)を卒業する。その後、岐阜県高山市で2年間、長倉三朗に師事した。長倉は小糸焼の復興を行い、飛騨の里を創設した人物である。また、中川伊作にも師事した。 1974年に加茂町に戻り、天狗寺窯を開窯。
篠崎孝司(しのざき たかつかさ、1951年 - )は、栃木県… 篠崎孝司(しのざき たかつかさ、1951年 - )は、栃木県足利市出身のアーティスト、陶芸家。足利市ルンビニー園美術講師。 九州産業大学芸術学部美術科卒。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
駒澤 博司(こまざわ ひろし、1951年(昭和26年) - … 駒澤 博司(こまざわ ひろし、1951年(昭和26年) - )は、山形県鶴岡市出身の、日本の陶芸家。 師匠は、木村一陽と大宮司崇人である。 この項目は、美術家・芸術家に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:美術/PJ:美術)。
こしの ゆみこ(本名:越野優見子、1951年 - )は、俳人… こしの ゆみこ(本名:越野優見子、1951年 - )は、俳人、陶芸家。 愛知県幡豆郡幡豆町(現在の西尾市)に生まれる。海に面した町で実家からは兎島が見えた。保育園に上がるころ父が万屋「越野商店」を開店。また、父は魚藍という俳号を持つ俳人でもあった。1988年、父の影響もあって俳句をはじめ、1989年、「海程」に入会、金子兜太に師事。1993年、海程新人賞受賞、「海程」同人。1994年、片岡秀樹らと超結社「豆の木」を結成、のちに代表を務める。1995年、豆の木賞、1998年、第16回現代俳句協会新人賞、2004年、現代俳句協会年度作品賞受賞。2009年、第一句集『コイツァンの猫』出版。 現代俳句協会会員。