岡 要平(おか ようへい、1993年1月 - )は、日本の京… 岡 要平(おか ようへい、1993年1月 - )は、日本の京都府出身のスピードキューバー。主にピラミンクスを得意としており、世界ルービックキューブ選手権大会やアジアルービックキューブ選手権大会、日本ルービックキューブ選手権大会での優勝、ピラミンクスの元世界記録保持者である。ピラミンクスを早く揃える手順、「岡方式」を編み出した。 京都工芸繊維大学卒業。 S1(Square One)=スクエア1 Sk(Skewb)=スキューブ RC(Rubik's Clock) =ルービッククロック 3目~5目=3×3×3~5×5×5目隠し 複目=3×3×3複数目隠し 手数=3×3×3最少手数 RM(Rubik's Magic) =ルービックマジック MM(Rubik's Magic Master) =ルービックマジックマスター 1R(1 Round)=一回戦 2R(2 Round)=二回戦 3R(3 Round)=三回戦 DNS(Did Sot Start)=棄権 DNF(Did Not Finish)=試技未完 アフ :アフリカ記録 オセ :オセアニア記録 欧州 :ヨーロッパ記録 北米 :北アメリカ記録 南米 :南アメリカ記録 (括弧内)は当時の旧記録 世界ルービックキューブ選手権大会(世界大会)・アジアルービックキューブ選手権大会(アジア大会)・日本ルービックキューブ選手権大会(日本大会)等での主な成績は以下の通り。
大滝 瓶太(おおたき びんた、1986年 - )は、日本の小… 大滝 瓶太(おおたき びんた、1986年 - )は、日本の小説家。文筆家。 兵庫県淡路市出身。兵庫県立津名高等学校、京都工芸繊維大学卒業。京都大学大学院工学研究科博士課程単位取得中退。会社員を経てフリーライターとなる。小説の実作・批評のほか、WEBメディアへコラムやエッセイを寄稿。 2017年10月、電子書籍で短篇集『コロニアルタイム』(惑星と口笛ブックス) を刊行。同年、「青は藍より藍より青」で第1回阿波しらさぎ文学賞を受賞。同年、『たべるのがおそい』vol.6(書肆侃侃房)の原稿公募で短編小説「誘い笑い」が掲載された。
髙畑 貴良志(たかはた きよし、1984年9月 - )は日本… 髙畑 貴良志(たかはた きよし、1984年9月 - )は日本の建築家。大阪府箕面市生まれ。2010年京都工芸繊維大学大学院工芸科学研究科建築設計学専攻修了、同年日建設計入社。同社設計監理部門兼テックデザイングループDDL。2026年日建設計を退社、同年株式会社 STUDIO TAKSAN設立。代表取締役。 共著に「組織設計・ゼネコンで設計者になる」
吉田 和人(よしだ かずと、1984年8月26日 - )は、… 吉田 和人(よしだ かずと、1984年8月26日 - )は、日本のミュージシャン、作詞家、作曲家、音楽プロデューサー。 ニコニコ動画関連の作品では「V系うどん職人」名義で活動する。 徳島県徳島市生まれ。徳島県立城東高等学校卒。京都工芸繊維大学中退。 大学在学中より、バンド活動、サポートミュージシャンとしての活動を開始。ゴスペル演奏や、ミュージカル劇団での活動を経て、大学中退後上京。楽曲提供や演奏参加を本格的に開始、現在に至る。 無類のうどん好きで、V系メイクで手打ちの創作うどんを公開するblogを運営したことから、ニコニコ動画関連作品ではV系うどん職人を名乗り作品に参加することもある。また、ボカロPとしてVocaloid楽曲Jokerを公開、全世界で多数再生され親しまれている。
北 一浩(きた かずひろ、1981年10月14日 - )は、… 北 一浩(きた かずひろ、1981年10月14日 - )は、日本の現代美術家。石川県小松市生まれ。京都工芸繊維大学造形工学科意匠コース卒業 現在[いつ?]、現代美術家として活動している。近年[いつ?]では「循環小数 0.999...」をモチーフにした作品を発表した。
ショウダ ユキヒロ(1980年12月27日 - )は、日本の… ショウダ ユキヒロ(1980年12月27日 - )は、日本の映像作家。大阪府出身。 1980年生まれ。大阪市出身、京都工芸繊維大学造形工学科卒業。LA在住。 MV、CM、ショートフィルム、ドキュメンタリー等ジャンルに縛られず活動中。 ポストプロダクションで技術職を学んだ後2009年にディレクターに転向、独立。 以降、坂本龍一の「watch_ryuichi sakamoto playing the piano 2009 japan」でライブ映像とツアー・ドキュメンタリー映像を担当、2011年に発表したショートフィルム『blind』では震災後の日本の未来を描き、国内外の映画祭などで話題を呼ぶ。同年、MOTOROLAの「SOCIAL 0.0 LAB」で話題の文化人やアーティストなどが”豊かさ”についてを問うショートフィルムを発表。
司 隆史(つかさ たかし、1979年12月15日 - )は、… 司 隆史(つかさ たかし、1979年12月15日 - )は、日本の政治家。公明党所属の参議院議員(1期)。公明党青年局次長、公明党関西青年会議議長。大阪市会議員を務めた。 1979年に大阪府大阪市東成区に生まれ、関西創価中学校・高等学校卒業を経て、2002年に京都工芸繊維大学工芸学部卒業。2009年には京都大学大学院情報学研究科博士課程を研究指導認定退学。 パソナ勤務後、石川博崇参議院議員の秘書などを経て、2010年からは公明党大阪府本部に勤務した。 2023年大阪市議会議員選挙に、前回4票差で公明党が議席を失った東成区選挙区から立候補し、定数3人に対し3位で初当選。 2025年2月に次期参議院選挙で比例区から公明党公認で立候補することが発表され、6月に大阪市会議員を辞職した。
篠崎 弘之(しのざき ひろゆき、1978年〈昭和53年〉 -… 篠崎 弘之(しのざき ひろゆき、1978年〈昭和53年〉 - )は、栃木県宇都宮市出身の建築家。篠崎弘之建築設計事務所主宰。東京建築士会住宅建築賞など受賞。
足助 重之(あすけ しげゆき、1977年10月13日 - )… 足助 重之(あすけ しげゆき、1977年10月13日 - )は、大阪府出身のゲームクリエイター。任天堂情報開発本部制作部のディレクター。ニンテンドーDSやWiiのNew スーパーマリオシリーズのディレクターとして知られる。 京都工芸繊維大学卒業後、2001年に任天堂に入社。『スーパーマリオサンシャイン』で数名とアシスタントディレクションを担当した後、『スーパーマリオアドバンス4』でコース制作を担当。 その後、2006年にニンテンドーDSソフト『New スーパーマリオブラザーズ』で初の単独でのディレクション業を行う。20代でのディレクション作品となる。2009年にはWiiソフト『New スーパーマリオブラザーズ Wii』を送り出し、両作品ともに記録的な売り上げを記録し、高い評価を得る。
木川 剛志(きがわ つよし、1976年8月21日 - )は、… 木川 剛志(きがわ つよし、1976年8月21日 - )は、日本の研究者。専門は都市計画学、観光学。和歌山大学観光学部教授。博士(工学) 1976年、京都市上京区上七軒界隈に生まれる。祖父は第一映画、新興京都や大映に属した美術制作の職人、木川義人。祖父の現場に通って木工に興味をもった父親が建築家業を始めたことから、建築に興味を持ちながら育つ。親の引っ越しに伴い、京都市立翔鸞小学校から大津市立富士見小学校に転校し、主に大津市で育つ。1992年洛南高等学校Ⅲ類入学 。 1995年京都工芸繊維大学造形工学科入学。研究室は西村征一郎研究室に配属される。在学時よりアジアの建築、特にジェフリー・バワに興味を持ち、1999年3月に卒業後は4月からスリランカの設計事務所、Gruhasta、Suchith Mohotti Private AssociateなどにJunior Architectとして勤務する。
榊田 倫之(さかきだ ともゆき、1976年 - )は、日本の… 榊田 倫之(さかきだ ともゆき、1976年 - )は、日本の建築家。現代美術作家の杉本博司と共に「新素材研究所」を設立し、伝統的な素材と技術を現代に再解釈する「古いが、新しい(Old Is New)」という独自の哲学に基づいた建築設計で知られ、同所の代表取締役所長を務める。 1976年、滋賀県に生まれる。2001年に京都工芸繊維大学大学院建築学専攻博士前期課程を修了後、同年株式会社日本設計に入社。2003年には榊田倫之建築設計事務所を設立し、2003年から2006年まで建築家・岸和郎の東京オフィスを兼務した。 2008年、現代美術作家の杉本博司と建築設計事務所「新素材研究所」を共同設立し、2013年には同所の取締役所長に就任した。
西澤 明洋 (にしざわ あきひろ 1976年 - ) は、ブ… 西澤 明洋 (にしざわ あきひろ 1976年 - ) は、ブランディングデザイナー、日本のブランドデザイナー、株式会社エイトブランディングデザイン代表。滋賀県生まれ。 京都工芸繊維大学造形工学科卒業後、京都工芸繊維大学大学院を修了。建築を学んでいたが、同校にデザイン経営を体系的に学べるデザイン経営工学科が立ち上がり、デザイン経営も学ぶことになる。2002年に株式会社東芝に入社し、デザインセンターに配属。 2006年に株式会社エイト(2010年に株式会社エイトブランディングデザインに改名)を設立し、クラフトビール「COEDO」(株式会社協同商事 コエドブルワリー)のブランディングデザインや抹茶カフェ「nana’s green tea(ナナズグリーンティー)」(株式会社七葉)のブランディングデザインを手がける。
高橋 寿太郎(たかはし じゅたろう、1975年 - )は、日… 高橋 寿太郎(たかはし じゅたろう、1975年 - )は、日本の不動産コンサルタント、創造系不動産株式会社 代表取締役、神奈川大学教授。経営学修士(MBA)。一級建築士、宅建士、ファイナンシャルプランナー。 大阪府大阪市生まれ。 代々、大工の家系で、曾祖父は宮大工、祖父は丹波篠山の大工であった。「寿太郎」の名前は、祖父から襲名。実家には古い大工道具が多数残されており、受け継いでいる。こうした生活空間で、長い歴史を伴う物の良さとそれらに囲まれる暮らしの豊かさを実感、それを子の代にも伝えることも使命と考えるに至る。また古い建物を不必要に解体せずに受け継ぐことはSDGsの観点からも、価値のあることだと考えている。
冬廣 應尚(ふゆひろ まさなお、1974年(昭和49年)4月… 冬廣 應尚(ふゆひろ まさなお、1974年(昭和49年)4月20日 - )は、日本の実業家。イフイング株式会社代表取締役社長。 美容商社・株式会社インテンスおよびIT企業・インベード株式会社の代表取締役も務める。 京都府京都市出身。1997年に京都工芸繊維大学卒業後、大手システムインテグレーター企業に入社。 1999年、父親である冬廣憲二が代表を務める、株式会社フユヒロ・トレーディングカンパニーに入社。 同年4月、大阪営業所を大阪市西区新町に開設。 2002年、取締役営業本部長に就任。 2003年、ヘア化粧品メーカーの株式会社イフイングを設立。 2007年4月、株式会社フユヒロ・トレーディングカンパニーの社名を「株式会社インテンス」に変更。
澤邊 芳明(さわべ よしあき、1973年10月1日 - )は… 澤邊 芳明(さわべ よしあき、1973年10月1日 - )は、日本の実業家。株式会社ワントゥーテン代表取締役社長。一般社団法人日本ボッチャ協会代表理事。 東京都生まれ、奈良県育ち。京都工芸繊維大学在学中にワントゥーテンの前身となる個人事業を創業し、のちに法人化した。XR、AI、プロジェクションマッピング、空間演出などを用いた体験設計の分野で活動している。また、パラスポーツとテクノロジーを組み合わせた取り組みや、東京2020オリンピック・パラリンピック関連事業にも関わった。 姓の「澤」は「沢」の旧字体かつ「邊」は「辺」の旧字体であるため、「沢辺 芳明」と表記するケースもある。 1973年、東京都生まれ、奈良市育ち。
野村 正樹(のむら まさき、1970年(昭和45年)9月24… 野村 正樹(のむら まさき、1970年(昭和45年)9月24日 - )は、日本の建築家。ローバー都市建築事務所主宰。特に京都の町家建築の再生に力を注ぐ。 京都景観賞(平成24、26、27、30年度)、第37回ディスプレイ産業賞などの受賞歴がある。2023年からは、京都市景観審査会委員を務める。 京都市出身で、小学生時代を西陣地域で過ごす。町家や古民家の再生、増改築、リノベーション、リフォーム、宿泊施設、注文住宅、オフィスビルの新築など幅広く手掛ける。なかでも特に京都の町家再生に力を注ぐが、町家の改築に携わるきっかけは、西陣で過ごした小学生時代の思い出や記憶が元になっている。同志社高等学校3年生時より建築家を志す。
福原 和則(ふくはら かずのり、1964年 - )は、日本の… 福原 和則(ふくはら かずのり、1964年 - )は、日本の建築設計・建築デザイン学者。一級建築士。大阪工業大学ロボティクス&デザイン工学部空間デザイン学科教授、工学博士(京都工芸繊維大学)。建築環境・省エネルギー機構 (IBEC)CASBEE建築評価員。大阪府公共建築設計コンクール審査委員長。建築新人戦2021/2022審査委員。 専門は、建築設計/建築デザイン・建築意匠、空間・建築計画。 1988年 京都工芸繊維大学工芸学部建築学科卒業後、1990年 同大学大学院工芸学研究科建築学専攻修士課程修了。1990年 鹿島建設に入社し、建築設計部で建築デザインに従事。2007年 京都工芸繊維大学大学院博士課程修了、工学博士。
本田 昌昭(ほんだ まさあき、1963年 - )は、日本の … 本田 昌昭(ほんだ まさあき、1963年 - )は、日本の 建築意匠/建築デザイン・建築史学者。オランダ近代建築の巨匠、J.J.P.アウト研究の第一人者の一人。大阪工業大学工学部建築学科教授。博士(学術)(京都工芸繊維大学)・一級建築士。日本建築学会論文集査読委員。 専門は、建築意匠・建築設計・建築史。 1986年京都工芸繊維大学工芸学部住環境学科卒業後、大和ハウス工業勤務を経て、1989年京都工芸繊維大学大学院博士前期課程に入学、同大学博士後期課程修了。博士(学術)(論文: J.J.P.アウトの「デ・ステイル」期の活動に関する研究)。京都工芸繊維大学研究員などを経て、2004年大阪工業大学工学部建築学科に着任し、2025年現在、同大学建築学科教授。
川合 尊(かわい たけし、1962年〈昭和37年〉10月13… 川合 尊(かわい たけし、1962年〈昭和37年〉10月13日 - )は日本の技術者、実業家。日本特殊陶業株式会社代表取締役社長。 大阪府泉佐野市出身。1987年京都工芸繊維大学大学院工芸学研究科修了、日本特殊陶業入社。社内ベンチャーとされたセンサ事業部の技術に長年携わり、センサ事業を点火プラグ事業に次ぐ規模に成長させた。2011年自動車関連事業本部センサ事業部第2技術部長。2012年執行役員。2015年取締役常務執行役員に昇格。2016年取締役専務執行役員。2019年から代表取締役社長を務め、新規事業の展開を進めた。2026年4月1日代表取締役取締役会長。
上田 知正(うえだ ともまさ、1962年 - )は、日本の建… 上田 知正(うえだ ともまさ、1962年 - )は、日本の建築家。東京造形大学助教株式会社ユーピーエム八束はじめ建築計画室で文教大学越谷キャンパス、文教大学越谷キャンパス等を担当。 この項目は、建築・土木に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:建築/Portal:建築)。
中尾 寛(なかお ひろし、1961年- )日本の建築家。芸術… 中尾 寛(なかお ひろし、1961年- )日本の建築家。芸術家。湘南工科大学教授。アンビルドの建築家として認識されているが、実作もいくつか手がける。工学院大学、武蔵野美術大学で非常勤講師、阿佐ヶ谷美術専門学校 ASABI スペースデザイン科でスペースデザイン概論/デザイン概論を担当。 兵庫県神戸市生まれ。1985年に京都工芸繊維大学工芸学部住環境学科卒業。1986年から1989年までは筑波大学大学院芸術研究科総合造形専攻修士課程在学。1989年から建築設計活動を開始。並行して芸術作品の創作活動を行い、展覧会などを展開。阿蘇警察署内牧交番で1992年 くまもとアートポリス'92 受賞。週末住宅[暗箱と鳥籠]で井上昌彦、芹澤浩子らと第9回(1992年)新建築賞受賞。
佐藤 理(さとう おさむ、1960年4月14日 - )は、日… 佐藤 理(さとう おさむ、1960年4月14日 - )は、日本のマルチメディアアーティスト、ゲームデザイナー、作曲家。有限会社アウトサイド・ディレクターズ・カンパニー代表取締役社長。京都工芸繊維大学、嵯峨美術短期大学卒業。 京都府京都市に生まれる。 京都工芸繊維大学、嵯峨美術短期大学を卒業。モス・アドバタイジング(現:モスデザイン研究所)に所属した後、1988年にオサム・サトウ・デザイン室(のちに有限会社アウトサイド・ディレクターズ・カンパニーに改称)を設立し、グラフィックデザインや展覧会の企画、ウェブデザインなど、メディアを問わない様々な作品を手がける。また、ゲームデザインや広告制作なども手がけている。
丸山 俊明(まるやま としあき、1960年 - )は、建築・… 丸山 俊明(まるやま としあき、1960年 - )は、建築・歴史学者、住環境文化研究所主宰、元びわこ学院大学短期大学部ライフデザイン学科(キャリアデザイン)教授、元京都美術工芸大学教授(伝統建築) 京都市左京区生まれ。京都府立鴨沂高等学校卒業。1983年琉球大学法文学部史学科日本史専攻卒業。1989年大阪工業技術専門学校2部建築学科卒業。2001年京都工芸繊維大学大学院博士課程修了、「山城国農村部の建築規制に関する研究」で学術博士。熊谷建築設計事務所所員、京都環境計画研究所所員、丸山建築設計事務所・住環境文化研究所主宰をへて、2012年京都美術工芸大学工芸学部建築コース(伝統建築)教授、2016年3月退職。
竹村 和久(たけむら かずひさ、1960年 - )は、日本の… 竹村 和久(たけむら かずひさ、1960年 - )は、日本の心理学者。早稲田大学教授。 京都府出身。同志社高等学校卒、1981年同志社大学経済学部卒、83年同文学部心理学科卒、88年同大学院博士後期課程満期退学、1992年京都工芸繊維大学大学院博士課程工芸科学研究科情報・生産科学専攻退学、1994年東京工業大学大学院総合理工学研究科システム科学専攻博士課程修了、「個人的意思決定の行動論的分析」で学術博士、2013年北里大学大学院医療系研究科修了、「描画の画像分析による心理評価法の開発」で医学博士。1989年光華女子短期大学講師、1992年筑波大学社会工学系講師、95年助教授、2002年早稲田大学文学部教授。
桐浴 邦夫(きりさこ くにお、1960年 - )は、日本の建… 桐浴 邦夫(きりさこ くにお、1960年 - )は、日本の建築史家。中村昌生に師事。京都建築専門学校副校長。茶室・数寄屋建築の研究、伝統建築の保存活動に取り組み、国内外の大学で学生指導に当たる。 東京大学博士(工学)。一級建築士。 茶名宗邦。『茶の湯空間の近代』(思文閣出版)で、茶の湯文化学術賞 を建築分野で初受賞。有斐斎弘道館理事。松殿山荘茶道会理事。擁翠亭保存会代表。現代・和室の会 副会長(幹事)。日本建築協会 監事。
喜多 伸夫(きた のぶお、1959年8月3日 - )は、サイ… 喜多 伸夫(きた のぶお、1959年8月3日 - )は、サイオス株式会社代表取締役社長、一般社団法人 WebDINO Japan(旧Mozilla Japan)理事。大阪府立鳳高等学校、京都工芸繊維大学卒業。 1993年から1999年までの米国生活中、Linuxと出会い、シリコンバレーのLinuxベンチャー企業の立ち上げを支援。 また、米国のオープンソースソフトウェア開発者たちとも積極的に交流。1999年に帰国後、Linuxシステムメーカーのナンバーワンを目指してノーザンライツコンピュータ株式会社の社長に就任。2002年1月、株式会社テンアートニと同社の合併に伴い、株式会社テンアートニ(現サイオス株式会社)の社長に就任。
前田 育男(まえだ いくお、1959年7月16日 - )は、… 前田 育男(まえだ いくお、1959年7月16日 - )は、日本のカーデザイナー。マツダ株式会社シニアフェロー・ブランドデザイン。 広島県出身。修道中学校・高等学校及び京都工芸繊維大学工芸学部意匠工芸学科を卒業し、1982年にマツダに入社。商品企画部門を経て1985年にデザイン部に異動し、ミレーニアや初代デミオのエクステリアを担当。その後トリビュートやRX-8、3代目デミオのチーフデザイナーを務めた。2009年4月、ローレンス・ヴァン・デン・アッカーの後任としてデザイン本部長に就任。2010年にはデザインテーマ「魂動-Soul of Motion」をコンセプトカー・靭と共に発表した。 2017年から2018年にかけて、経済産業省と特許庁が設置した「産業競争力とデザインを考える研究会」の委員を務めた。
河西 立雄(かわにし たつお、1959年 - )は、日本の建… 河西 立雄(かわにし たつお、1959年 - )は、日本の建築家、美術家。京都府立大学教授。 大阪府に生まれる。1983年に京都工芸繊維大学を卒業後、1987年に筑波大学大学院を修了し、芸術学の修士号を取得した。修士号取得と同年に筑波大学芸術学系準研究員となる。1990年にVOICE OF ARCHITECTUREを設立し、同年より京都府立大学講師となる(のち教授)。 建築家、美術家として活動のほぼすべてを個人でおこなう。代表作は「静かな家」、「音とサクラの家」。計画案として「厚い壁の家」がある。環境芸術作品がパーマネントコレクションとして成城大学図書館、大阪市立総合医療センター、碧南市民図書館に設置されている。
山家 京子(やまが きょうこ、1959年 -)は、平成期の日… 山家 京子(やまが きょうこ、1959年 -)は、平成期の日本の建築学者。都市計画を専門とする。
中村 哲(なかむら さとし、1958年8月4日 - )は、日… 中村 哲(なかむら さとし、1958年8月4日 - )は、日本の計算機科学者。工学博士。奈良先端科学技術大学院大学情報科学研究科知能コミュニケーション研究室元教授。カールスルーエ大学Honorarprofessor。ATRフェロー (2007年)。現在香港中文大学(深セン)データサイエンス学部教授。 音声認識・合成技術、言語翻訳技術などの要素技術を進展させ、音声翻訳システムの実用化に貢献した。従来のルールベースからコーパスベースへの音声翻訳手法全体に渡るパラダイムシフト、これによる対象となる話題および翻訳対象言語対のポータビリティの実現、さらに雑音のある環境下でのハンズフリー音声認識を実現し、携帯電話で利用可能な日英、日中多言語音声翻訳システムの開発プロジェクトを主導した。
伊藤 徹(いとう とおる、1957年4月 - )は、日本の哲… 伊藤 徹(いとう とおる、1957年4月 - )は、日本の哲学者、京都工芸繊維大学名誉教授。文学博士(京都大学)。 静岡市生まれ。1976年、静岡県立静岡高等学校卒業。1980年、京都大学文学部哲学科卒業。1985年、同大学院文学研究科博士後期課程研究指導認定退学。1986年、京都教育大学専任講師。1988年、同助教授。2005年、同教授、京都工芸繊維大学教授。2002年「手としての人間 作ることへの問いと柳宗悦」で文学博士(京都大学)。
高林 純示(たかばやし じゅんじ、1956年10月1日 - … 高林 純示(たかばやし じゅんじ、1956年10月1日 - )は、日本の農学者。農学博士、京都大学名誉教授。化学生態学の研究を専門としている。 害虫により食害を受けた植物は、その害虫の天敵となる昆虫を誘引する植食者誘導性植物揮発性物質を分泌する。こうした植物-天敵間、植物-害虫間、植物-植物間の生物間相互作用のメカニズムや、農業における生物的防除への応用についての研究を行う。これらの研究により、2000年3月に日本応用動物昆虫学会学会賞を受賞している。 1956年、兵庫県に生まれる。1980年、京都工芸繊維大学繊維学部卒業。1986年、京都大学大学院農学研究科博士課程単位取得。京都大学農学博士 論文の題は「カリヤサムライコマユバチの寄主発見行動の解発要因に関する研究。
有馬裕之(ありま ひろゆき、1956年 - )は、日本の建築… 有馬裕之(ありま ひろゆき、1956年 - )は、日本の建築家。鹿児島県出身。Hiroyuki Arima + Urban Fourth主宰。
西濱 浩次(にしはま こうじ、1955年9月18日 -(69… 西濱 浩次(にしはま こうじ、1955年9月18日 -(69歳) )は、日本の建築家。株式会社コンパス建築工房代表取締役。株式会社NINI取締役。日本建築家協会大阪地域会顧問。修成建設専門学校教育顧問。 2003年より、朝日放送製作・テレビ朝日系リフォーム番組「大改造!!劇的ビフォーアフター」に、「匠・三次元の冒険家」として8度出演している。 2003年1月19日放送の「トイレが玄関の家」で初出演。2004年10月17日の放送の「牛舎の家」では、「離島の家リフォームスペシャル」として放送された。 また2011年2月27日の放送では、「トイレが玄関の家」の施工主(依頼者)が隣家の空家を購入した上で、2軒を1軒につなげる再リフォーム依頼があり「隣の部屋に行けない家」として放送された。
今津 節生(いまづ せつお、1955年5月5日 - )は、日… 今津 節生(いまづ せつお、1955年5月5日 - )は、日本の考古学者、博士。奈良大学学長。専門は文化財保存科学。 和歌山県生まれ。和歌山県立田辺高等学校を経て、1978年駒澤大学経済学部卒業。1980年青山学院大学文学部史学科卒業。1982年同大学大学院文学研究科史学専攻(考古学)修士課程修了。1985年同博士課程単位取得退学。同年に福島県立博物館準備室学芸員を経て、同博物館保存科担当学芸員。1987年奈良県立橿原考古学研究所主任研究員、1989年同研究所保存科学研究室長。2000年同資料室総括研究員を兼務。 1994年京都工芸繊維大学大学院工学研究科学術博士。2005年九州国立博物館博物館科学科室長・課長を経て、2016年奈良大学文学部文化財学科教授。
早瀬 昇(はやせ のぼる、1955年 - )は、日本の社会運… 早瀬 昇(はやせ のぼる、1955年 - )は、日本の社会運動家。社会福祉法人大阪ボランティア協会理事長などを務める。 大阪府出身。京都工芸繊維大学工芸学部電子工学科卒業。大阪府立大阪社会事業短期大学専攻科修了。大学在学中に大阪ボランティア協会に拠点を置く「大阪交通遺児を励ます会」「誰でも乗れる地下鉄をつくる会」「月刊ボランティア(現・volo:ウォロ)編集委員会」などでのボランティア活動に参加。 大学卒業後、フランス、ベルギーの障害者施設(L'Arche)で研修。帰国した1978年より、市民活動の総合支援・推進団体、大阪ボランティア協会に勤務。 1991年に事務局長就任後、同協会内に「企業市民活動推進センター」を創設して企業人の市民活動への参加促進、企業とNPOの協働推進に努める。
島岡 龍太(しまおか りゅうた、1952年(昭和27年)12… 島岡 龍太(しまおか りゅうた、1952年(昭和27年)12月1日 - 2022年(令和4年)12月28日)は、栃木県芳賀郡益子町の益子焼の陶芸家である。 窯元の名称は「龍太窯」。 益子焼の「人間国宝」であった島岡達三の長男であり、父と同じ陶芸の道に進んだ。父・島岡達三の偉大さからくるプレッシャーに思い悩まされながらも、合田好道の薫陶を受けたことで、父とは異なる大胆な幾何学文様の「彫り象嵌」に定評を得るようになった。 1952年(昭和27年)12月1日、後に益子焼の陶芸家、そして人間国宝となる島岡達三の長男として栃木県益子町に生まれる。 小学生の頃から粘土いじりをしていた。単に身近にあったから、他の子どもの砂遊びと同じような感覚で粘土で遊んでいた。
建倉 圭介(たてくら けいすけ、1952年 -)は、日本の小… 建倉 圭介(たてくら けいすけ、1952年 -)は、日本の小説家・推理作家。岩手県立盛岡第一高等学校卒業。京都工芸繊維大学建築学科卒業。 1986年から2年間、仕事でイギリスに滞在したことをきっかけに小説を書き始める。1997年、『クラッカー』で第17回横溝正史賞(現・横溝正史ミステリ大賞)佳作に選ばれデビュー。2006年に刊行した冒険ミステリー『デッドライン』が「このミステリーがすごい!」2007年版で第10位タイにランクインし、第9回大藪春彦賞の候補となる。
義元 孝司(よしもと たかし、1951年5月14日 - )は… 義元 孝司(よしもと たかし、1951年5月14日 - )は、日本の実業家・篤農家・農業コンサルタント。福井六次産業農業協同組合代表理事組合長。日本初の6次産業農協の設立者。公益社団法人日本農業法人協会講師。第一次産業では、福井県でインディカ米・ベトナムでジャポニカ米を栽培し、第二次産業ではフォーを生産し、第三次産業では農家レストランで調理・提供した6次産業による中山間地域活性化に尽力している。 1951年5月14日 、福井県越前市〈旧武生市〉出身。福井県立武生高等学校を卒業。滋賀県立短期大学を卒業。京都工芸繊維大学を卒業。学生時代に印刷会社を起業。繊維会社等に勤務。福井県経済農業協同組合連合会に奉職。
奥野 卓司(おくの たくじ、1950年8月8日 - )は、日… 奥野 卓司(おくの たくじ、1950年8月8日 - )は、日本の人類学者。専攻は情報人類学・人間動物関係学。関西学院大学名誉教授。千里金蘭大学特別客員教授。公益財団法人山階鳥類研究所シニアフェロー。公益財団法人千里文化財団理事。 1950年、京都府京都市生まれ。京都市立堀川高等学校、京都工芸繊維大学卒業。1978年京都工芸繊維大学大学院修士課程修了。2001年同学術博士。論文の題は「情報化時代における『第三の社会』に関する実証的研究」。 卒業後は京都芸術短期大学芸術文化研究所専任講師、助教授、米国イリノイ大学客員准教授、甲南大学文学部助教授、1994年教授。 1997年より関西学院大学社会学部教授。
山形 政昭(やまがた まさあき、1949年 - )は、建築史… 山形 政昭(やまがた まさあき、1949年 - )は、建築史家、建築家。大阪芸術大学芸術学部建築学科教授。工学博士。専門分野は、建築史、建築計画学。 大阪府大阪市に生まれる。大阪府立住吉高等学校卒業、京都工芸繊維大学工芸学部建築学科卒業、同大学院修士課程修了。大学院では、建築史学教室にて中村昌生に学ぶ。東京大学にて工学博士の学位を取得。1974年、大阪芸術大学芸術学部建築学科助手。助教授を経て、1998年、教授。主な研究分野は、日本の近代建築および和洋の住宅建築、とくにウィリアム・メレル・ヴォーリズの建築。 ヴォーリズ建築文化全国ネットワーク幹事を務める。また、住宅の設計も行う。
杉本 末雄(すぎもと すえお、1946年11月15日 - )… 杉本 末雄(すぎもと すえお、1946年11月15日 - )は、日本のシステム制御工学者。立命館大学理工学部教授を経て立命館大学特任教授、名誉教授。「確率システム理論とその応用」、「信号・画像処理」の研究に従事、衛星測位システム(GNSS)アルゴリズムの研究で著名。
亀井 剛(かめい つよし、1945年〈昭和20年〉1月17日… 亀井 剛(かめい つよし、1945年〈昭和20年〉1月17日 - )は、日本の伝統工芸技術者であり、時代裂用綜絖製作の選定保存技術保持者。亀井綜絖株式会社代表取締役。国宝・重要文化財をはじめとする多数の文化財の表具裂製作に携わる、日本有数の綜絖製作技術者として知られる。正倉院裂、観世流片山家能装束、祇園祭懸装品、中国湖南省長沙市馬王堆一号墓出土紋羅の復元など、古代から現代に至る多様な時代裂の綜絖製作において卓越した技術を有する。 文化財修理・国宝復元・教育指導に携わる一方、公益財団法人京都YMCAの理事長としても地域社会や国際交流活動に貢献している。 京都・西陣に生まれ、父が創業した亀井綜絖株式会社において綜絖製作技術を習得。
山田 國廣(やまだ くにひろ、1943年8月3日 - )は、… 山田 國廣(やまだ くにひろ、1943年8月3日 - )は、日本の工学者、エコロジスト、京都精華大学名誉教授。 大阪生まれ。京都工芸繊維大学工芸学部大学院修士課程修了。1969年大阪大学工学部産業機械工学科助手、1986年「繊維集合体の構造と力学」で阪大工学博士。1990年辞職して循環科学研究室主宰。1997年京都精華大学人文学部教授。2014年定年、名誉教授。エントロピー学会世話人。環境問題を総合的に把握し解決する環境学の立場から研究活動を続ける。
横川 隆一(よこがわ りゅういち、1943年 - )は、日本… 横川 隆一(よこがわ りゅういち、1943年 - )は、日本の建築家。 東京・三鷹生まれ。1968年、京都工芸繊維大学工芸学部建築工芸学科卒業。 この項目は、人物に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(プロジェクト:人物伝、Portal:人物伝)。
永田 祐三(ながた ゆうぞう、1941年9月4日 - )は、… 永田 祐三(ながた ゆうぞう、1941年9月4日 - )は、大阪府豊中市出身の日本の建築家。株式会社永田建築研究所代表。関西や九州、北陸を中心にオフィスやホテル、住宅などの建築を手掛ける。代表作に、村野藤吾賞を受賞したホテル川久や、BCS賞を受賞したますのすし製造会社源の工場がある。 1941年9月4日、大阪府池田市で三越に勤める父親と専業主婦の母親の間に4きょうだいの末っ子として生まれる。第二次世界大戦の戦況悪化のため、1944年の暮れに鳥取県西伯郡大高村の母方の実家に疎開。戦後に大阪の豊中市に戻る。小学生の頃に『少年朝日年鑑』に載っていた、ル・コルビュジエのユニテ・ダビタシオンのドローイングに感銘を受ける。
黒崎 彰(くろさき あきら、1937年(昭和12年)1月10… 黒崎 彰(くろさき あきら、1937年(昭和12年)1月10日 - 2019年(令和元年)5月14日)は、日本版画界を代表する版画家の1人。京都精華大学名誉教授。浮世絵の伝統木版画技法を用い、現代木版画世界から、紙という素材そのものを生かし造形するペーパーワークまで、幅広い作品を生み出す。版画史研究家、版画教育家 としても広く活躍。 「洋画と日本画の概念・範疇差を認めず、いずれも「ペインティング」とすべき」「聾唖者は世界共通(没母国性・没地域性)の手話言語を使用すべき」など独自な主張を持っていることでも知られている。 1960年代後半、現代木版画の旗手として華々しく登場。浮世絵が完成させた精緻な刷技術を駆使して抽象的な形象の世界を万華鏡の様に展開していった黒崎彰は、「ほぼ10年ごとにその作風を変容していった」。
吉田 イサム(よしだ いさむ、1937年 - 2009年12… 吉田 イサム(よしだ いさむ、1937年 - 2009年12月19日)は、日本の建築家・カンツォーネ歌手。建築家吉田イサムとアーク・ハイを主宰し、建築作品を残す。東北ハウジングアカデミー副学院長のほか、宮城県建築士事務所協会副会長、仙台市景観条例検討委員会委員などを歴任。愛媛県西条市生まれ。 京都工芸繊維大学工芸学部建築工芸学科を卒業。1974年 吉田イサム事務所開設。のち名称変更。 中新田町文化会館(バッハホール)で、日本建築学会東北支部東北建築賞作品賞部門受賞。そのほか社団法人日本建築士事務所協会連合会建築賞受賞。 おもな作品に、すずき脳神経外科クリニック、ギャラリー杜の音、仙台市片平市民センター 、奥遠刈田温泉竹泉荘、八木山佳養亭、富谷松寿庵 など多数。
田村 博(たむら ひろし、1935年(昭和10年)4月14日… 田村 博(たむら ひろし、1935年(昭和10年)4月14日 - 2010年(平成22年)8月28日)は、日本の人間工学者。工学博士。モバイル学会初代会長。ヒューマンインタフェース学会名誉会員(第1号)、京都工芸繊維大学名誉教授。 新潟県新潟市出身。1954年(昭和29年)3月に新潟高等学校を卒業、1958年(昭和33年)3月に京都大学工学部電気工学科を卒業、1963年(昭和38年)3月に京都大学大学院工学研究科電気工学専攻博士課程を修了。 1963年(昭和38年)に京都大学工学部助手に就任、同年9月に退任、10月に大阪大学基礎工学部制御工学科助手に就任、1964年(昭和39年)に同講師に就任、1966年(昭和41年)に同助教授に就任。
森本 尚武(もりもと なおたけ、1933年 - )は、日本の… 森本 尚武(もりもと なおたけ、1933年 - )は、日本の農林生物学者。 京都府出身。京都工芸繊維大学卒業、1959年京都大学大学院農学研究科農林生物学専攻修了。農学博士(京都大学)。同年京都大学助手、1964年コーネル大学留学。1966年信州大学農学部講師、1968年助教授、1977年教授。1999年学長を歴任。2010年瑞宝重光章受章。 研究業績としてはハダニが口唇と口針によって植物の内容物を吸い取る「葉焼け」の仕組みを解明した。