松本 本松(まつもと もとまつ、1885年(明治18年)11月19日 - 1961年(昭和36年)4月14日)は、明治から昭和期の医学者、政治家、華族。貴族院男爵議員、医学博士。 陸軍軍医総監・松本順(良順)の八男として生まれる。父の死去に伴い、1907年(明治40年)4月19日、男爵を襲爵した。 1910年(明治43年)東京慈恵会医院医学専門学校を卒業した。1916年(大正5年)からアメリカ合衆国、イギリス、フランス、ドイツ帝国、スイスに留学した。1923年(大正12年)2月26日、東京帝国大学から医学博士の学位が授与された。 1911年(明治44年)東京帝国大学医学部嘱託となり、以後、順天堂医院耳鼻咽喉科長、東京医学専門学校教授兼同附属淀橋病院耳鼻咽喉科長、順天堂医学専門学校教授、同理事、女子美術専門学校評議員などを務めた。
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