犀川 一夫(さいかわ かずお、1918年6月7日 - 2007年7月30日)はハンセン病治療に貢献した日本の医師。プロミンを日本で最初に使用した医師の一人。ハンセン病が治る時代になり、通院治療を主張し、恩師光田健輔に反抗し、台湾で活躍した。後、沖縄愛楽園園長、沖縄県ハンセン病予防協会理事長、らい予防法裁判でも活躍した。 1918年、東京に生まれる。1944年6月、長島愛生園医療事務取扱となり、同年9月、東京慈恵会医科大学卒。召集され東部第24部隊に入営し、1944年12月、陸軍軍医中尉に任官し、日中戦争に従軍。1946年6月、復員し、愛生園に復帰して技官・外科医長を務めた。愛生園では、らいの病理学、プロミンの治験に従事。
出典:ウィキペディア「犀川一夫」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
