平柳 育郎(ひらやなぎ いくろう、1922年(大正11年)5月23日 - 1944年(昭和19年)1月4日)は、日本の海軍軍人。海兵70期首席。最終階級は海軍大尉。 歩兵第58聯隊大隊長(1920年〈大正9年〉8月10日 -1922年〈大正11年〉3月31日)から東京の陸軍兵器本廠廠員(1922年〈大正11年〉4月1日-1923年〈大正12年〉3月16日)に転属となった福井県士族・陸軍歩兵少佐の平柳竹志(陸士14期)の三男として生まれる。 父・竹志は育郎が生まれた翌年の1923年(大正12年)3月17日に陸軍歩兵中佐に昇進と同時に待命を命じられ、同年3月31日を以て陸軍軍備縮小の影響で予備役編入、退職。
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