下田 喜久三(しもだ きくぞう、1895年〈明治28年〉1月6日 - 1970年〈昭和45年〉2月17日)は、日本の農学博士。日本および東洋におけるアスパラガス栽培の先駆者であり、日本全国に先駆けて北海道岩内町でアスパラガス栽培の研究を手がけ、大正期に冷害に強い品種改良に成功、日本で初めてアスパラガスの本格的な生産に取り組んだ。「日本のアスパラガスの父」と呼ばれる。昭和期以降も肝油ビタミンや生活科学など、多方面で活躍した。女子教育の先駆者でもあり、女学校の設立により女子教育に尽力した。兄は日本ボーイスカウト創始者の下田豊松、長男は医学者にして元旭川医科大学学長の下田晶久。 岩内の農家で、三男として誕生した。
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