大久保 怜(おおくぼ れい、本名:大久保 捨次〔おおくぼ すてつぐ〕、1920年〈大正9年〉4月21日 - 2007年〈平成19年〉2月12日)は、日本の関西地方を中心に活躍した放送タレント、声帯模写芸人。時折「大久保玲」と表記されることがあるが誤り。 大久保の先祖は大久保忠教(大久保彦左衛門)の三男の子孫といわれている。 神奈川県横浜市中区太田町生まれ。幼少時に兵庫県神戸市へ移住。大久保が育った当時の生家は、「全国で一、二を争う真珠養殖業者」であった。旧制灘中学校を経て、1942年に同志社大学法学部を卒業。戦時中の折で6月の卒業となり、同年10月、予備役として丸亀の陸軍部隊に配属される。兵卒としてのつらい経験から幹部候補生を目指し、試験に合格して予備少尉となる。
出典:ウィキペディア「大久保怜」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
