土倉龍治郎(どくら りゅうじろう、1870年(明治3年)10月1日 - 1938年(昭和13年)10月15日)、日本の実業家。土倉龍次郎と表記される場合がある。 同志社普通学校卒業の後、台湾に渡る。日本統治下の台湾において林業、樟脳採取事業で成功、また台湾で初めての水力発電会社を設立した。1万ヘクタールの山林を300年租借し、森林開発を行った。樟脳事業では台湾製脳合名会社を設立、大規模な生産に乗り出し、製脳窯は450基・生産従事者は2,000人を超えた。土倉が社長を務めた台北電気は、台湾初の電力会社であったが、水力発電所(亀山発電所(中国語版))を建設中に総督府によって官営化された。官営化後に完成した亀山発電所は出力660馬力というものであった。
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