浅子 覚(あさこ さとる、1971年3月2日 - )は、日本の元男性プロレスラー、柔道整復師。 引退後は2017年まで、プロレスリング・ノア専属メディカルトレーナーとして活動した。 愛称は「リーダー」。 埼玉県大宮市(現:さいたま市)出身。大宮市立春里中学校、埼玉県立浦和東高等学校出身で、新日本プロレス学校に入校した。 元々から全日本プロレスに憧れていたが、事情あって新日本プロレス学校に入学。浅子と一緒に練習していた西村修の話によると、浅子は非国民的な扱いを受けながらも黙々と練習に励んでいたそうである。1990年に全日本プロレスへ入門。背も低く、体も小さかったので、ジャイアント馬場は当初入団に難色を示していたが、丁度SWSへの選手の大量離脱があり、レスラー不足から入門を認められたと言われている。
出典:ウィキペディア「浅子覚」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
