鹿野 琢見(かの たくみ、1919年4月15日 - 2009年10月23日)は、日本の弁護士。1969年、東京第二弁護士会副会長。弥生美術館および竹久夢二美術館を創設し理事長を務めた。また立原道造記念館の創設にも関わり同館理事長を務めた。 1929年(昭和4年)発行の雑誌『日本少年』の巻頭口絵は高畠華宵の「さらば故郷!」であった。当時10歳であった鹿野は強烈に感動し、出征するまで勉強部屋に保管しておいたが、敗戦により復員したときには失われていた。 1965年(昭和40年)3月に華宵(当時77歳)が兵庫県の明石愛老園にいることを知り、「『さらば故郷!』のような絵を再び描いていただければ…」と手紙を送る。
出典:ウィキペディア「鹿野琢見」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
