小枝 一雄(こえだ かずお、1901年(明治34年)7月12日 - 1975年(昭和50年)6月22日)は、昭和期の政治家。衆議院議員(6期)、参議院議員(1期)、岡山県久米郡加美町長。農林畑一筋に活動し「地下足袋の小枝」と呼ばれた。 岡山県久米郡打穴村(中央町を経て現美咲町)の農家に生まれる。打穴尋常高等小学校を卒業。その後、東洋大学経済学部で学んだ。農業のかたわら中国民報(現山陽新聞)通信員となる。打穴村役場書記に就任し、同助役を務めた。1936年(昭和11年)岡山県会議員補欠選挙で当選し、3期在任した。その後、加美町長を務めた。 国民協同党岡山県支部長となり、1947年(昭和22年)4月、第23回衆議院議員総選挙で旧岡山1区から出馬して初当選。
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