松本 賢一(まつもと けんいち、1903年(明治36年)11月26日 - 1990年(平成2年)11月26日)は、昭和期の実業家、政治家。参議院議員(2期)、広島県呉市長。 広島県で松本勝太郎の三男として生まれる。東洋大学印度哲学科を卒業し、1932年(昭和7年)からベルリン大学に留学し哲学歴史地理を研究した。 農場経営を行い、呉市信用組合長を務め、1950年(昭和25年)三津窯業社長となる。1954年(昭和29年)4月、呉市長に就任。2期在任し、台風災害からの復旧、呉市民大学講座の開設、近隣町村との合併、呉豊栄高等学校(現呉市立呉高等学校)の新設、呉少年合唱団の創設などに尽力した。1961年(昭和36年)10月に市長を辞職した。
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