和田 性海(わだ しょうかい、1879年8月2日 - 1962年3月9日)は日本の僧。歌人。元高野山真言宗管長、金剛峯寺座主。高野山大学学長。歌人としては正岡子規直門の弟子である。 明治12年(1879年)8月2日、兵庫県佐用郡幕山村大垣内1番地に和田桂次の9人兄弟の6男として生まれる。母親は作東中嶋の安藤氏の出である。生家は宍粟郡安志藩下の地方庄屋として栄えたが、桂次の代に事業に失敗し倒産するに至り、両親も病死した。 明治23年(1890年)2月17日に、12歳で檀那寺の正覚寺にて加賀美隆賀の許へ入寺するも隆賀が退寺する事となり、同26年(1893年)に佐用郡久崎村の清林寺の伊藤義禅の許へ転籍し出家した。
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