善川 三朗(よしかわ さぶろう、本名:中川 忠義、1921年〈大正10年〉11月20日 - 2003年〈平成15年〉8月12日)は、日本の宗教家。実業家。農業・畜産指導者。幸福の科学名誉顧問。徳島県麻植郡東山村(現在の吉野川市鴨島町樋山地)出身。青年師範学校卒業。長男は富山誠。次男は幸福の科学総裁である大川隆法。妻は中川君子。姉は作家の中川静子。 宮大工である中川源左衛門輝房とその妻であるテルノの次男として1921年(大正10年)11月徳島県麻植郡東山村樋山地(現・吉野川市鴨島町樋山地)に生まれる。父の源左衛門は宮大工の棟梁をしており、県内各地の寺社にその仕事の履歴を残している。 父輝房が亡くなった8歳の1930年(昭和5年)頃、中川一家は川島町に移住し、この時に「汝は、今生に大いなる責任を持って生まれたものである。
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