井野 正揮(いの まさき、1917年(大正6年)5月1日 - 1977年(昭和52年)6月7日)は、昭和期の国家公務員(厚生省)、政治家。日本社会党所属の衆議院議員(1期)、登別開拓農業協同組合長。 広島県出身。牛馬商・井野京一の息子として生まれた。小学校入学直前に北海道上川郡に移住。1931年(昭和6年)美瑛尋常高等小学校卒。20歳で徴兵され野砲兵第7連隊に所属し、衛生兵として満洲、中国を転戦し、陸軍軍曹で終戦を迎えた。 戦後、厚生事務官となり、国立八雲病院勤務、国立登別病院庶務課長、同事務長を歴任。日本社会党に入党し、1951年(昭和26年)北海道議会議員となり4期在任した。 1967年(昭和42年)の第31回衆議院議員総選挙において北海道4区から日本社会党公認で立候補したが落選。
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