蔵原 惟繕(くらはら これよし、1927年5月31日 - 2002年12月28日)は、日本の映画監督。文芸評論家・蔵原惟人はいとこおじ、映画監督・蔵原惟二は実弟にあたる。 父親は鈴木商店の傍系会社・日沙商会の農業技師で、ボルネオ島のサラワク王国クチン市(現・マレーシアのサラワク州クチン)のゴム園で働いているとき、当地で出生。小学時に日本に戻り東京の田園調布小学校に入学。小学4年のとき、兵庫県神戸市に移り、御影第三小学校に転校。関西学院中等部終了後、海軍特別幹部練習生となる。入隊して広島県賀茂郡郷原村(現呉市郷原)で陸戦訓練中に広島原爆を目撃。 戦後復員し、家族の疎開先、徳島県海部郡川上村で農作業をした後、日本大学三島予科に入学、のち日本大学芸術学部映画科に進んだ。
出典:ウィキペディア「蔵原惟繕」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
