篠原 和市(しのはら わいち、1881年(明治14年)3月29日 - 1930年(昭和5年)8月14日)は、日本の衆議院議員(立憲政友会)、ジャーナリスト。 長野県南佐久郡岸野村(現在の佐久市)出身。篠原代吉の三男。小諸義塾を卒業し、日本大学法科で学んだ。大阪毎日新聞・東京日日新聞各記者となった。 清浦内閣で鈴木喜三郎司法大臣の秘書官を務めた後、1925年(大正14年)の衆議院補欠選挙に当選。その後の第17回・第18回総選挙でも再選された。その間、田中義一内閣で鈴木喜三郎内務大臣の秘書官に就任した。 他に日本大学評議員、国本社評議員を務めた。また日本大学推薦校友であった。
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