瀨古 新助(せこ しんすけ、1907年3月10日 - 1990年10月15日)は、日本の土木工学者。逓信省技官から大学教授に転身し、後半生は実業家となった。 1937年に日本大学旧工学部(現日本大学理工学部)を卒業し、同年逓信省電気局に入省する。後に興亜院(1938年設置)に移った。興亜院に向かう際の出迎役であった大来佐武郎と意気投合し、その後小沢久太郎とも交友を深めた。 1942年、日本大学専門部工科(現日本大学工学部)教授に就任(1944年に日本大学旧工学部助教授、1946年に同教授となる)。教職員適格審査委員会の委員としてGHQと大学との折衝に尽力した。 しかしながら、工学部教授に就任した1946年に大学を辞す。
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