中山 清(なかやま きよし、1907年(明治40年)7月28日 - 1994年(平成6年)11月25日)は、日本の武道家、伝統医。日本武道医学会の設立者で、日本武道医学の創始者である。 日本武道医学会会長、大日本武徳会本部理事、同東京支部理事長、拓殖大学旧特設理療科教師(現・東洋鍼灸専門学校)、呉竹学園理事・教師、千代田学園教師を務めた。大日本武徳会柔道範士九段、水泳範士九段。 1907年(明治40年)7月28日、長崎県に生まれる。幼少の頃より水泳・柔・剣の訓練を受ける。 1932年(昭和7年)日本大学を卒業。かたわら町道場師範代をつとめ整骨術鍼灸按術を研修した。揚心流系柔術とりわけ天神真楊流柔術と真之神道流柔術を深く修行し、この系統である活殺自在の技法に生涯をかけた。
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