吉永 治市(よしなが じいち、1913年(大正2年)10月12日 - 2000年(平成12年)4月4日)は、昭和期の実業家、政治家。衆議院議員。号・望蘇(ぼうそ)。 熊本県上益城郡、後の益城町で生まれた。陸軍に入隊し第106師団に配属され日中戦争に出征し、1939年(昭和14年)11月、独立混成第18旅団独立歩兵第92大隊に情報作戦担当として転属し、中支宋河鎮の警備中に陸軍士官学校将校学生として入学した。1943年(昭和18年)陸軍士官学校を卒業。その後、熊本歩兵第13連隊補充の教育主任となる。陸軍少佐で復員。 戦後、1951年(昭和26年) 日本大学経済学部を卒業した。全国農業会秘書課、西日本肥料工業社長、吉永興業社長、旭観光開発代表取締役などを務めた。
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