永尾 昇(ながお のぼる、1954年8月20日 - )は、日本の元サッカー選手。ポジションはミッドフィールダー。埼玉県児玉郡児玉町(現、本庄市)出身。 埼玉県立児玉高等学校時代に関東大会優勝、国体選抜に選出された経験を持つ。法政大学を経て1977年に日本サッカーリーグ1部の三菱重工業サッカー部に入部。1978年シーズンに7アシスト(2位)を記録し新人王に選出された。翌年にも7アシストで2年連続でアシストランクの次点に入る活躍を魅せた。 また1980年度の天皇杯全日本サッカー選手権大会決勝の田辺製薬戦では、かつての古豪の復活という話題性や田辺製薬が全社を上げて応援団を送り込んだ事もあって、35,000人の観衆の多くが田辺製薬を応援するアウェーの様な雰囲気の中、前半27分に決勝ゴールを決め同タイトルの獲得に貢献した。
出典:ウィキペディア「永尾昇」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
