山田 善三(やまだ ぜんぞう、1889年(明治22年)12月5日 - 1947年(昭和22年)11月9日)は、明治末から昭和前期の日本の教育者、政治家。衆議院議員。 福岡県御原郡御原村(三井郡御原村、小郡町を経て現小郡市)で生まれる。1908年(明治41年)日本体育会体操学校高等本科(現日本体育大学)を卒業した。 福岡県立福岡高等女学校(現福岡県立福岡中央高等学校)教諭、同京都高等女学校(現福岡県立京都高等学校)教諭、福岡県立宗像高等実業女学校(現福岡県立宗像中学校・高等学校)長兼教諭、同宗像農学校長兼教諭、福岡県女子専門学校(現福岡女子大学)講師などを歴任した。 その後、福岡県中等学校購買組合専務理事、同県洋服統制組合理事長、同県武具統制組合理事長、同県中等学校制服 (有) 取締役社長、全中制服工業取締役、日本衣料製品統制監事などを務めた。
出典:ウィキペディア「山田善三」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
