田中 一馬(たなか かずま / はじめ、1877年(明治10年)1月1日 - 1957年(昭和32年)4月1日)は、明治から昭和期の実業家、政治家。貴族院多額納税者議員。 京都府南桑田郡亀岡町(現・亀岡市)で実業家・田中源太郎の長男として生まれる。 東京高等商業学校(現一橋大学)を卒業し、さらに同専攻部を卒業。 1907年(明治40年)以降、京都工商社長、同会長、亀岡銀行頭取、伏見銀行取締役、京都織物社長、同会長、京都電燈社長、京都商工会議所議員、京都取引所理事などを務めた。 1925年(大正14年)京都府多額納税者として貴族院議員に互選され、同年9月29日に就任し、公正会に所属して1932年(昭和7年)9月28日まで1期在任した。
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