森島 修太郎(もりしま しゅうたろう、1848年 - 1910年)は、日本の会計学者、教育者。商法講習所(現一橋大学)の第1期卒業生であり、後身の高等商業学校教授を務めた。 和歌山県出身の東京府士族で、慶應義塾を経て、明治8年(1875年)に商法講習所(現一橋大学)に入学し、明治10年(1877年)3月に成瀬隆蔵とともに同所の第1回卒業生となった。ウィリアム・コグスウェル・ホイットニーの門下生として、卒業翌月の同年4月には同期の成瀬とともに商法講習所の助教心得に就任し、簿記を担当し、同年9月には助教となった。 明治11年(1878年)3月、助教を辞職し、同期の成瀬が助教となった。同年4月、三菱に入社。
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