渡辺 専次郎(わたなべ せんじろう、1860年9月27日 (万延元年8月13日) - 1916年(大正5年)9月26日)は、日本の実業家。三井物産専務理事や、三井同族会管理部会員など務めた。 横浜の医師渡邊顯哉の次男として生まれる。商法講習所(現一橋大学)を経て、矢野二郎校長の紹介で岩下清周とともに1879年に三井物産に入社した。1881年横浜支店詰。その後ロンドン支店詰となり、長年イギリスで勤務し、妻の満里はイギリス人。 1885年ロンドン支店副支配人。1886年ロンドン支店支配人。1895年には理事兼ロンドン支店支配人(1899年から支店長に名称変更)となり、紡績機の輸入や米の輸出、山本条太郎上海支店長との連携による石炭の購入などを進めた。
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