生駒 勘七(いこま かんしち、1919年5月13日 - 1987年5月16日)は日本の郷土史家、教育者。 長野県西筑摩郡福島町(現木曽町)生まれ。法政大学卒業。1941年に代用教員となり、1949年から木曽郡各地の小学校で教諭を務める傍ら、木曽谷の近世史や民俗学について広範な研究活動を展開し、一志茂樹らと木曽の中山道宿駅の調査にあたり、木曽馬や木曽の山林、御嶽山等に関する研究に従事する。また「木曽福島町史」や「三岳村誌」の編纂に当たる。 1963年に郷土文化研究会を設立して会長となり、会誌「木曽」を創刊。また木曽福島郷土館の建設に尽力し、同町文化財審議委員会委員長を務めた。1975年中日教育賞受賞。
出典:ウィキペディア「生駒勘七」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
