海原 清平(かいはら せいへい、1881年〈明治14年〉12月1日 - 1962年〈昭和37年〉7月6日)は、日本の政治家、政治活動家。衆議院議員(2期、政友会→政友本党)。 1881年(明治14年)、兵庫県神戸市に生まれる。和仏法律学校(現法政大学)を卒業し、徳島県庁に入る。その後、神戸新聞の記者を経て、徳島県の属官時代に同県知事であった床次竹二郎の知遇を得ていたことで、床次が鉄道院総裁に就くと、その秘書に抜擢される。 内務大臣秘書官に就任した後、第14回衆議院議員総選挙(1920年(大正9年))、第15回衆議院議員総選挙(1924年(大正13年))に徳島1区から出馬し、当選する。 農商務省山林払い下げにおける詐欺事件で1926年(昭和元年)12月28日、東京控訴院から懲役8月執行猶予1年の有罪判決、1927年(昭和2年)4月19日、大審院で上告棄却され、確定となり議員失職。
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