照山 岩男(てるやま いわお、1903年8月30日 - 没年不詳)は、日本のゴルフ選手、ゴルフコース設計者、ゴルフ場支配人。九州初のプロゴルファー、学士プロゴルファー第2号(村上伝二に次ぐ)である。 福岡市出身。父が筑豊の炭鉱王伊藤伝右衛門の会社の支配人をしていた関係で、伝右衛門の妻・伊藤白蓮(燁子)とともに、別府市の伊藤別荘(伝右衛門が白蓮のために建設したとされる)に一時滞在していたが、その間に、のちに白蓮事件を起こす宮崎龍介と白蓮が、1920年1月31日に初めて別府の楠港で出会った場に、ただ一人白蓮に連れられて立ち会っている。地域情報誌「月刊アドバンス大分」の1974年の記事において「その朝、別府桟橋まで宮崎を迎えに行く燁子(あきこ)に同行したが、黄八丈の袷に縫紋の羽織を着た燁子の姿をまぶしいまでに覚えている」と語っている。
出典:ウィキペディア「照山岩男」(CC BY-SA 4.0)を一部抜粋
