名川 侃市(ながわ かんいち、1883年〈明治16年〉6月1日 - 1944年〈昭和19年〉8月19日)は、日本の政治家、弁護士、会社役員。衆議院議員(広島県第一区選出、当選6回)。鉄道政務次官。司法参与官。第一東京弁護士会会長。松竹監査役。 東京弁護士会会長、国家公安委員を務めた名川保男の兄。 広島県高田郡坂村(のち向原町、現安芸高田市)に生まれた。名川次郎平の長男。1903年(明治36年)、明治法律学校(現明治大学)卒業。1906年(明治39年)、法政大学卒業。 判事検事登用試験合格。1909年(明治42年)、東京地方裁判所判事に任官。1917年(大正6年)に退官し弁護士となる。一般訴訟事務を取り扱う。
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